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銀の羊の数え歌
【純愛 恋愛小説】

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銀の羊の数え歌−最終回−-1

静まり返った来客用の駐車場。
暗闇の中でぼんやりと光ってたつポール状の時計は九時をほんの少し回っていた。
遠回りに遠回りを重ねて、気がつくとついにこんな時間になってしまっていたのだ。
けれど、そこで得たものは大きい。
僕は助手席からデパートで買ったツリーの紙袋と、もうひとつ、真壁から譲ってもらった一冊の本をとりだした。ヤツから電話をもらった後、即行でとりにいったものだ。
『銀の羊の数え歌』
十年以上も経っているだけに、さすがに四つの角はふやけるように丸くしわになっていたし、表紙の色もだいぶ落ちている年代物だ。 それでも一応はプレゼントだからと言って、きれいにカバーをかけてラッピングしてくれていた真壁の心遣いが嬉しかった。
まったく。クリスマスプレゼントにするには完全に諦めていたというのに、思いもよらないところでこんな奇跡が起きてくれるなんて、神様もなかなかやってくれる。
外来入り口の隣りにある小さなドアを肩で押し開けて中へ入り、受付に置いてある面会名簿みたいなノートに自分の名前と今の時間を書き込むと、僕は奥の階段へと進んでいった。
闇へ吸い込まれていく自分の足音をききながら、それにしても静かだな、と思う。
こんな時間だ。当然、院内の昭明はほとんど消され、足元や頭上の非常口を示す明かりだけが際立って闇に浮かんでいる。だけど、耳をなにかでふさがれたようなこの静けさの理由は、それとはまた別なところにあるような気がしてならない。
階段をゆっくりとあがっていくと、時折、誰かの声や物音が遠くからきこえてくる。
ふと柊由良がちゃんと起きて僕を待っていてくれているのか、ちょっと不安になってしまった。今夜、僕がこうして面会にくることは彼女も知っている。もちろん、病院の方にも無理を承知で頭を下げ、なんとか了解を得ていた。
だけど、予想外の遠回りのせいで肝心の予定時間を三十分以上過ぎてしまっているため、柊由良が僕を待っている間に眠ってしまっていることは十分に考えられた。もしも本当に眠っていたらどうしよう。サンタのまねごとをして、こっそり彼女の枕元にでもプレゼントを置いておけばいいだろうか。でも、せっかく苦労してこの絵本を手に入れたのだ。どうせなら、僕が読んでやりたかった。
ようやく五階にたどり着くと、そこから右に折れた。
先週から、柊由良は一人部屋へ移っていた。 その理由はきいていないけれど、だいたい予想はついている。癌だったおふくろも、途中からは一人部屋へ移されたのだ。
折り紙や銀紙なんかで手作りの飾りがつけられている壁にそって少し歩くと、一番奥の右手の部屋から、うっすらと明かりがもれているのが確認出来た。ホッと息がもれた。よかった。どうやら、彼女はまだ起きてくれているらしい。
部屋の前にたって遠慮がちにノックすると、ワンテンポ遅れて柊由良の声が返ってきた。
冷たいノブを回して、ドアをひく。
真っ白な明かりの中に、柊由良の姿を見つけるなり、顔の筋肉が緩んだ。彼女は枕元を立てたベッドに寄りかかるようにして、こっちを見つめていた。以前のように顔中を笑顔にしてはしゃぐようなことは、このところはもうほとんどしなくなった。こんなことは言いたくないが、彼女の体は目に見えて弱ってきている。口数も少なくなって、跳びはねたり走り回ったりすることもなくなって、いたずらもあまりしなくなった。そういえば、手首や頬も、わずかに線が狭くなっただろうか。 僕は脳裏を駆け巡る、予感めいた死への連想を隅へと押しやりながら、無理やり笑顔を作って彼女のベッドへ歩み寄った。
「藍斗センセ、遅いよ」
口を尖らせながら、柊由良は言った。
「ごめんごめん。ちょっと遅れてしまった」 プレゼントを後ろ手に隠したまま、丸椅子へ腰掛ける。ひんやりとした温度が、ジーンズを通して尻に伝わった。
「もう。今日はこないのかと思った」
いじけているのがありありと分かる口調で柊由良は言った。
「くるよ。約束しただろ」
僕は笑いながら、さっそく真壁から譲ってもらった本を、彼女へさしだした。


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