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銀の羊の数え歌
【純愛 恋愛小説】

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銀の羊の数え歌−最終回−-2

「はい。クリスマスプレゼント」
とたんに、電球がついたみたいにパッと表情を変えた柊由良が、僕の顔と手元に置かれた四角い包みを交互に見た。あけてごらん、と僕が言うと、彼女は大きく頷いてプレゼントへ手を伸ばした。そして、中身を両手にとるなり、わぁ、と声をあげた。
「柊さんの好きな、銀の羊の絵本だよ」
僕は空になった包み紙をベッドのわきの小さな棚によせて、椅子ごと一歩前へ進んだ。
「古くてごめんね。色々探したんだけどさ見つからなくて。だからそれ、友達からもらったんだ」
ぱらぱらとページをめくりながら、柊由良は首を振って、何度目かで僕に視線を向けた。 「ありがとう。藍斗センセ。嬉しいよ。すっごく嬉しい」
そして再び顔を絵本へ戻す。その横顔が本当に嬉しそうだったので、なんだか僕まで楽しい気分になってしまった。ああ、喜んでくれている。毎晩のように本屋を探し回ってよかった。僕は彼女のこの笑顔が見たくてがんばったんだな、としみじみ感じた。久しぶりに目にする、最高の笑顔だった。
「藍斗センセ」
「ん?どうした」
柊由良は絵本を僕にさしだした。
「私、あんまり漢字読めないから読んで」
「うん。いいよ」
僕はそれを受けとると、彼女に見えやすいように手元まで持っていった。とは言え、こうやって声に出して読むことなんて、考えてみたら小学校の朗読会の時以来だ。柄にもなく緊張しながらページをめくる。
パステル調の、淡く、優しい色合いのイラスト。隣りに書かれている読みやすい大きな文字。声がうわずったりしないように、慎重に、ゆっくりと読み始める。静かな夜の病室には、僕の声だけが響いていた。時折、柊由良の横顔を盗み見ると、彼女は真剣なまなざしを持って、四角くかたどられた一つの世界に入り込んでいた。その顔に見とれて、危うく読むのを忘れてしまいそうになったことも何度かあった。
まったく。美人は三日で飽きるなんて言ったのは、いったいどこのどいつだ、と思う。
そんなの嘘じゃないか。もしくは、本当の美人を見たことがないんじゃないのか。

物語は、とてもシンプルなものだった。
エルという幼い少女が主人公なのだけれど、ある日の晩、いつものように少ない夕食をたいらげた彼女は、自分の母にこんなことを言ってしまう。
ママ、どうして私のお家は貧乏なの、と。
父親を早くになくし、病弱な母の手で育てられたエルは、兄弟もなく、貧しい暮らしにいつも不満を感じていた。お金持ちなら、もっとおいしいものを食べられる。洋服だって好きなものを選べる。ぼろぼろなものを我慢して着ていなくてもいい。お金さえあれば、友達もたくさんよってきて、毎日が楽しいのに。そう思っていた。
エルは、自分が不幸な子だと信じていた。
それをきいた母は、うっすらと優しい笑顔を浮かべて、エルの小さな頭を撫でて言った。 あなたは幸せよ、エル。
けれど、エルにはやっぱり今が幸福だとは思えなかった。食べ物も、洋服も、家の大きさも自分を取り巻くなにもかもが不満でならなかった。
するとエルの母は、今度は彼女のもみじのような柔らかい手を握って囁くようにしてこう言った。
エル。それじゃあ、ママが幸せになれる呪文を教えてあげる。あのね、お日様が沈んでお月様が顔を出したら、あなたは眠るでしょう。その時に、枕元で今日一日の幸せに思ったことを数えなさい。エル、幸せがひとつもない日なんてないのよ。今日もあなたはこうして生きている。そして眠りにつくことが出来る。明日の目覚めを待つことが出来る。ほら、ちょっと数えただけでも出てくるでしょう。そうそう、その幸せを数える時には、心の中で銀色の羊さんを思い浮かべなさい。あなたの幸福を、明日へつなげてくれるわ。
ママはね、幸せよ。エルが今もこうしてママのそばにいてくれるからね。エルが笑ってくれたら、ママはもっと幸せよ。
こうしてエルは、自分が決して不幸ではなかったことを知ったのだった。


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