わたしと幽霊 -花-(前)-3
「花束買うだけで、何で服にこだわってたんだお前…?」
意味が分からん、という顔であたしを見下ろしながら高谷さんが言う。
うーん、女心の分かんない人ねぇキミはっ。
「だいたい、何に使うんだ、それ」
「えっと…部屋に飾るの。綺麗だょ?」
とか何とか、いつものよーに言い合ってて…
…やっぱあたしって、呑気で鈍臭いのかなぁ。
だから、高谷さんの言葉を聞いた時にはもう手遅れで。
「おい、足元!」
「へっ?!」
履き慣れないロウヒール。
ぐらり、と躰が傾ぐ。
……………。
あ、あれ…?
視界の端にはT字路の狭い曲がり道の、白くて低いガードレール。
――背後から聞こえるのは車の排気音。
ふらついたあたしの腰は、ガードレールに当たってあっさりと曲がる。
「柚木!」
あたしに伸びる高谷さんの手は、わずか…届かない。
そしてあたしは車道へと――…
ばきっ!!
……べしっ。
「………え?」
あたしは驚いて、尻餅をついたままただただ見上げていた。
――逆光で影になった、その男の子の顔を。
少し向こうに居た彼は…ぐらついて、ガードレールの向こう側に倒れこんだあたしを…
歩道側に思いっきり蹴っ飛ばしたのだ。
地面に打ち付けた腰がじんじんと痛い。
「あ…ありがと…」
目の前で仁王立ちになって、あたしを見下ろす男の子にお礼を言った。
花束を抱いたまま尻餅をつくあたしを、帽子の影からちらりと見下ろした彼は…
何事もなかったかのように、もとの場所へ戻っていき…
また、ちょこんとガードレールに腰掛けて。
『来ない…来て…来て』
再び、呟き始めるのだった。
一瞬の事で驚いて、あたしは尻餅を付いたまま動けない。
助けてくれた…んだよね。
今のって…。
「おい…大丈夫か」
「うん…」
うわの空で高谷さんの声を耳にしながら、あたしの視線はあの子に釘づけになってた。
その…何ていうか。
見えたんだ。
あたしを蹴った…彼との接触の瞬間。
映像(ウ゛ィジョン)だと思う。
「白い部屋…」
あれは多分…病室だ。
「高谷さん…あのね」
「どうした?」
「腰が抜けた…立てなぃ」
苦笑する高谷さん。
「落ち着くまで座っとけ」
高谷さんがあたしの背中に手を当てる。
すると、あたしの腰は力が抜けたまんまなのに、足が勝手に動いて…
近くの歩道橋の階段にそっと腰掛ける形で、足は止まった。
「…あ、ありがと」
あのまま地べたに座ったままじゃみっともないから、座っててもおかしくない所まで連れてってくれたんだ…
「このまま家まで連れてくか?」
「あ、それはいい!ちょっと用事思いついたし」
ふーん、と生返事をして、首を傾げる彼。
…たまに優しいよね。