ユートピア男-2
「第一音楽室です。あなた倒れちゃいましたから慌てて隠しましたよー」
若干隠しましたよっていう表現が物に対する使い方のような気がするけど流してみることにする。
「……今何時なんですか?」
窓から見える空が暗い。
「七時四五分くらいですね」
「帰ろっかな。それじゃあね、トランペットさん」
立ち上がり音楽室をでようとする。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さーい!!待ちなさーい!!」
前半は慌て気味に後半は命令口調で猛ダッシュで出口と僕の間に割り込んだトランペットさんが行かせまいと両手を広げて邪魔をする。
「………」
「………」
重い沈黙。
それからどちらともなくついたため息が妙に大きく聞こえる。
「……どいてくれます?トランペットさん」
「………」
沈黙にも時間的にも耐えられなくなった僕が頼むがトランペットさんは無言で僕を睨むだけだった。
「………」
「………」
「………」
「………」
さっきよりも長い沈黙。
「あのトランペットさん?」
「ピアニストです」
「そうですか、それでピアニストさん?どいてくれます?」
「あの、あなたに取ってって頼んだ二枚の楽譜、見あたらないんです。探してくれます?」
「……どいて―――」
「探してくれます!?」
かみ合わない会話、というよりも一方的な命令。
断れないだろ、薄情者じゃないと。
断れないだろ?
それに話聞いてくれないし。
「分かり―――」
また喋ろうとすると割り込まれる。
「じゃあ仕方ないですね。どーっちだ?」
いまいち分からないままに差し出された握られた両手を僕は凝視する。
何これ?
選べっていうんですか?中には何が入ってんの?
「さぁ!!」
右か左か。二つに一つ。当たればハッピー、はれて帰宅できる!!たぶん。
デッドオアアライブ!!
どっちにする?
はずせばきっとあの紙を探すはめになる。
どうする俺!?
ポケットにカードはない。
右か左か。はたまた独立か!?
「さぁ!!早く」
くっ!!選べない…。優柔不断だ。
「さぁ!!さぁ!!さぁ!!」
詰め寄ってくるピアニストさんの迫力に押され、手が伸びる。
それから右手と左手の上を行ったり来たり。
「……どっちにすれば……」
「早く!!優柔不断だよ!?」
分かってるよ、そんなこと。
でもそういうのも含めて僕だろ?
こういう優柔不断さもあわせて僕を受け止めてくれ!!
「はいもう君、右ね。あ、コインあったね。じゃあよろしくピアノの楽譜。私はトランペットの楽譜探すから」
「え?」
もしかしてデッドオアデッド?
どっち選んでも死亡?
「じゃあ行きましょうか、優さん」
「優さん?」
「はい、優柔不断の優さん」
「………」
おー、皮肉か?僕もトランペットって呼ぶよ?
優柔不断なのは仕方ないじゃないか。いつでも最善の選択を!!だよ。