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微笑みは月達を蝕みながら
【ファンタジー 官能小説】

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微笑みは月達を蝕みながら―序章―-1

うっ、ひぐ、えっぐ……

少女の啜り泣く声のみが辺りに響く。その声は辺りの静寂を強調させた。
光は、無い。冷たく優しかった月の明かりは無情な雲に覆われ、真の闇が辺りを支配していた。
しかし、その場にそれを不便に思うものはいない。
「楽にしてあげたらどうかしら」
鈴のように軽やかで、何処か甘い響きを含んだ涼やかな声。その声に、泣いていた少女が僅かに反応した。
その瞳に浮かぶのは非難、躊躇、そしてどうしようもない恐怖。
「苦しみを長引かせるのは、悪趣味ですもの」
 微笑みながらの言葉は、優しさすら滲んでいた。
けれども少女は、怯える。その優しさに。その笑みに。
「出来ないなら、私がするけど」
「……!」
少女はその言葉に固まる。腕に抱いた男は胸を貫かれ、誰がどう見ても助かりそうにない。
男の目は虚ろで、会話を聞いているかも怪しかった。
「――………ごめん……!」
少女は男に止めを刺した。
男は“灰となって”この世を去った。
少女は泣いた。しかし、涙は出ていなかった。




少女と女は自らの屋敷に帰った。女は何も言わず、何もしない。少女にとってそれは救いだった。
ちらり、と横目で女を伺う。美貌という言葉が陳腐なほど整った顔立ち。腰まである艶やかで真っすぐな黒髪。長身なので華奢な感じはしないが、儚く幻想的な雰囲気に常に微笑みを浮かべているその姿は――まるで、現実離れしている。空気のようだ、と少女――白〈ハク〉は思った。見えないのに、そこに“在る”。そんな、実感のない存在感。
 白達が『レン』と呼ぶ彼女は、何もかもが超越していた。
「どうしたの?」
「……! い、いえ」
ちらちらと見ていたのがばれたらしい。慌てて視線を逸らした。
そのことに対して特に何を言うでもなく、白とレンは屋敷に足を進める。帰りついたときには既にレンの眷属達が屋敷前に整列していた。
「……お帰りなさいませ」
暗く、淀んだ声。眷属の殆どは、レンに忠誠など誓ってはいない。
「赤〈セキ〉が死んだわ」
今日は月が綺麗ねとでも言うような、まるで天気の話をするかのように事もなげに言うレンに、白は怒りが湧いてくる。それを行動に移すほど、白は強いわけでも愚かでもないけども。
「彼の代わりはまた考えておくわ。今日は各自自由にしてもいいから」
自由。そんな言葉がレンの口から出てきたことに、少しだけおかしみを覚える。
奴隷が得られる自由など、何処にもあるわけが無いのだから。
「白」
 ほら。
 レンに――自分の主人に名前を呼ばれた。それが何を意味するのか――この場にいる者は全員理解している。
 でも、それでも、今日だけは、今日だけは名前を呼ばれたくなかった……!!
「後で私の部屋に来て」
 だけどもレンは、そんな白の心情など一切考えない。
 白は一人、立ち尽くした。


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