《魔王のウツワ・7》-5
「う、鬱輪さんは…あの…そ、その…す、好きな人って…いないんですか?」
その問いに浮かんだ姿はただ一つ…だが…
「…いない…」
俺は素直になれなかった。これは言えない…俺が言っていい台詞じゃない…
「そ、そうですか…」
姫野はその顔を一瞬、綻ばせかけたが、すぐに悲しそうな表情になり…
「姫野は…いないのか?好きな奴…」
「わ、私は………………います…」
「…誰だ?」
思わず聞いてしまった…
「えっ…えっと…………佐久間竜二さん…」
佐久間竜二…確か、姫野と同じ特進で…政治家の息子…顔もいい…周りの反応もよく、俺とは大違い…
「そうか…」
聞かなきゃ良かった…
だが…これで決心がついた…
「姫野…」
「は、はい!」
「もう此所には来るな」
出来る限り、冷たい声で言い放った。
「えっ…」
姫野は何やらよく分からないという表情をしている…
「…もう一度言う…もう此所に来るな」
「ど、どうして…どうしてですか!?」
姫野の大きな瞳が少し潤んでいる…
揺らぎそうになる決心を必死につなぎ止め…
「俺は…もう此所には来ない…」
立上がり、扉に手を掛ける。心残りが無い様、勢いよく開き、また姫野の言葉を拒絶するかの様に勢いよく閉めた。
扉の向こうで姫野はどんな表情をしているのだろう…
「本当に…嫌な奴だな…俺は…勝手なことばかり…髪のことだって…俺が言ったのに…」
自嘲の笑みが漏れる…
だが、これでいい…
姫野は俺達といるべきじゃない。クラスの仲間や、好きな…佐久間って奴と一緒に過ごすべきだ…
そうすれば、教師からもあんなこと言われずに済む。嫌な思いもしなくていい…何不自由無く幸せを掴めるはずだ…これでいい…
「…これでいい…これでいいはずなのに…」
頬に冷たいものが伝う…
「何で…俺は…っ…」
本当は声に出して泣きたかった…
他の奴に気取られぬ様に涙を拭い、その足で教室に向かい、鞄を持って学校を後にした…
俺はこの日…初めて、学校をさぼった…
続く…