星霜の死と不思議な少女-4
そんな中、となりに座っていた彼女が耳元でささやいた「ごめんなさい。実は元に戻る方法なんて何もないの。今朝学校で言ったことも全部ウソよ。」
え……?僕は彼女の言葉が全く理解できなかった。
「でも一つだけわかっている事があるの……それはこの姿だと歳を取らないってこと。」
川の水は否応なしに入ってくる。なぜバスがハンドルを誤ったのか原因は全くわからないが今は脱出するしかない。
まゆ!僕は彼女の手をつかみ、開いている前のドアへと走った。
しかし水の勢いは凄まじく、抵抗も虚しく僕達は完全に水に飲み込まれてしまった。
薄れゆく意識の中で、僕は再び今朝に似た現象を体験する。あの体が浮くような不思議な心地だ……。
気が付くとまぶしい朝の陽光が体を照らしていた。僕は恐る恐る瞼を開けて、身を起こす。
「ここは……?病院のベッド?」
「あっ!お母さん!田端君の意識が戻りましたよ!」
え?そこには見慣れた学校の先生が立っていた。
まあまあと言って、母親は花瓶と花をテーブルに置き、小走りでベッドへ近づいてきた。「良かった……良かった。」と涙ぐみながら母はその言葉を繰り返していた。
「いったい何があったのさ?」僕は一切の状況がのみ込めなかった。
母親は全てを話してくれた……
屋上から見上げる空は透き通るように麗しい秋晴れだ。思えば昨日もこんな天気だった。
昨日の朝、やはり僕はトラックにはねられた。すぐに地元の病院に運ばれた。そこはかつておばあちゃんが入院していた所だ。
僕は奇跡的にもランドセルがクッションとなり一命は取りとめた。しかし、強いショックのため長く意識を失っていた。
そして、ようやく今朝。意識を取り戻したという訳だ。もちろん、その間は母が付きっきりで僕を見ていたし、先生も学校で僕を見てはいないという。
いくら話しても大人達は僕が夢を見ていたとしか理解してくれないだろうと思い、これ以上の詮索を止めた。
病室へ向かう途中。やはり僕も昨日の幽体離脱や、不思議な少女まゆとの出来事は夢だったのではないかという疑念を抱き始めた。
おもむろにティッシュを取ろうとポケットの中をまさぐる。
!僕は驚きのあまり声が出なかった。そこには、昨日遊園地で拾ったボロボロのパンフレットが入っていたのだ。やはり昨日あった事は夢ではなかった。
そのとき「田端〜!」神野の声が病院の廊下を響く。あれは神野だ!僕はゆっくりと声のする方へ歩いてゆく。
すると後ろから医者と看護士が何やら話ながら早歩きで近づいてきた。「あの子の目が覚めたって本当か?元病院長の手術ミスで昏睡状態になって以来もう三年になるぞ。正直もうダメだと思っていたが驚いたな。」医者と看護士は、僕を追い抜き一部屋の病室に入っていった。
その病室の入り口には市川繭(いちかわまゆ)と書かれた表札が掛かっていた。
あの表札の字何て読むんだろう?しばらくすると神野がやってきた。「心配したぞこの野郎!病室にみんないるからさっさと来いよ!」
「すぐ行く」
あの不思議な少女が誰なのか知るのは、もう少し先になりそうだ。
完