《魔王のウツワ・6》-7
「水商売やってても、少々脳天気でも、一応は母親だからな。手のかかる親だけど」
そう言うと姫野は笑った。いつもと同じだが、違う様な笑顔…変わらないが変わって見える笑顔…
つられて俺も口の端を少し吊り上げた。笑ったのは久しぶりだ…
窓の外に目を向けた。先程までの勢いは弱まり、しとしと…と小雨が静かに降っている。
「そろそろ…帰った方がいいんじゃないか?」
時計の針が7時半を指した。
「あ、はい…いろいろ…ありがとうございました。ごちそうさまでした。服は…」
「ああ、乾燥機の中だ」
「じゃあ、着替えてきます」
姫野は脱衣所に向かった。足下で丸くなっているノワールに手を伸ばした。俺に気付き、起き上がったノワールの頭を撫でる。
「お前は今日から此所で暮らすんだぞ」
「ナァ〜♪」
ノワールは甘える様に手に頭を押しつけてくる。
「あの…服ありがとうございました」
元の服を着た姫野は、きちんと折り畳まれた母親の古着を差し出した。
「行くか?」
「はい…お邪魔しました…夕食も美味しかったです。本当にお世話になりました」
「あ、ああ…」
俺も上着を着て玄関へと向かう。
「おい、ちょっと姫野を送ってくるから」
「あいよ!澪ちゃん、こんな朴念仁だけど仲良くしてあげてね♪」
部屋の奥から母親が叫んだ。
「仕事に行く時は、鍵を閉めてけよ」
「了解〜」
扉を開けた。雨の降る夜の冷気はピリピリと肌を撫でていく。
姫野はその冷気に身体を震わせた。
「姫野…着てけ」
「あ、ありがとうございます…」
嬉しそうに姫野は上着に袖を通し、にこりとした。
姫野の髪はすでに下ろされているが、先程の脳に張り付いて取れなくなった笑顔がまた甦った。
※※※
俺の家から歩いて20分弱。姫野の家に着いた。
「上着…ありがとうございました…暖かかったです…」
姫野は上着を脱いで手渡した。
「それじゃあ…」
「なあ…姫野」
鍵を開けて、ノブに手を掛けた姫野が止まった。
「何ですか?」
姫野は可愛らしく小首を傾げた。