tomoka〜Kana-1
あの日から、実(みのる)はただの後輩じゃなくなった。
あたしの中で、一人の男の人になったんです。
「か〜な。」
「ん?」
「昨日大丈夫だった?」
「昨日…じつは最後の方の記憶無いんだよね。」
やっぱり。と言ってクスッと笑う見た目はお嬢様(中身は…)のかおり、中野香とあたし大橋加奈は大学のサークル+学科までいっしょということもあって、学校では大抵いっしょにいる仲だ。
もう一つ説明を付け加えると、昨日はテニスサークルとは名ばかりの、私たちが所属する飲みサークルの飲み会があった。もちろん昨日もいつものように激しい飲み会だったわけで…。
でも記憶がなくなるまで飲んだのは本当に久しぶりだった。
「あたし何かしちゃってた?」
記憶がないと人間不安になる。忘れた方がいい記憶もあるって聞くけど…でも知りたくなるのが人間の性ってやつじゃないでしょうか。
「んー、まぁ大丈夫だと思うよ?」
「本当??」
「あ…でも実にはお礼言っといた方がいいかも。昨日かなのこと家まで送ってくれたみたいだからさ。」
「そうなんだ。後輩に面倒見られるようじゃ終わったねーあたしも。」
あはは、と笑ってみるけど心の中では冷や汗ものだった。
じつは、昨日家に帰ってきたときの記憶が少しだけ残ってたから。
あたしを支える背の高い男の人。コップに入った水を飲ませてくれる大きな手。その手の感触をリアルに思い出してしまった。…あれ、実だったんだ。
あたしは急に熱を持ったように赤くなった顔を見られないようにファンデーションを取り出してお化粧直しをするフリをした。
「かな」
「ん?」
あっ…と思った時にはもう遅くて、香の方を振り返った瞬間に赤く染まった頬をばっちり見られてしまった。香はその端正な顔をニマッと緩めると、
「何かあったの??み・の・る・く・ん・と」
文章にしたら語尾にハートがつくような甘ったるい声をかけてきた。香がこの顔になったら、あたしがすべてを白状するまで諦めないことを、この4年間で身をもって知ってはいるものの。逃げ道はないかと探してみる。
「何も…ないよ?」
と言って思わず右斜め上を見つめてしまう。嘘を吐いたときに出てしまうこの癖をどうにかしたいんだけど未だに直らない。香は、そんなあたしの態度で何かあったことを確信したみたいだ。
「へ―――――――ぇ?」
本当に怖いんだってばこの顔!皆様にお見せ出来ないのが残念なくらい。
あたしが半泣きになったところで天の助けがあたしたちの間に入った。
「おはよ。」
「「直樹!」」
一人は涙目で、一人は舌打ちでもしかねない顔で声をかけてきた男の人を見つめる。
朝から爽やかなこの人、田辺直樹くんはあたしたちと一緒のサークルに入っているイケメン王子だ。
「も〜いいとこだったのに。」と冗談っぽく言う香。
「あ、もしかってお邪魔しちゃった?」と気にする王子。
「全然!直樹くんが来てくれて良かったよ〜。」その王子に助けを請うあたし。
そんな2人の様子を見てなんとなく状況を察したのか、さりげなく話題を変えてくれる王子。
「そういえばさ、昨日かな大丈夫だった?けっこう潰れてたよね。って俺も人のこと言えないけどさ。」
うん確かに。と頷いてから、人のことを言えない自分に気づく…。
ついでに言っておくと、直樹くんはお酒が入ると面白くて。あたしは素面の時のクールな彼より、酔ったときのおちゃめな彼の方が好きだったりする。
「記憶はないけど二日酔いもしてないみたい。直樹くんは大丈夫?」
「俺はちょっと頭痛いけど大丈夫かな。香は?」
「あたしも平気。直樹は昨日も明のとこ泊まったの?」
「…いや、昨日は別なヤツのとこ泊まったんだ。」
そっか…と言って何かを口篭もる香。まだ何かを言いたそうにしていたけれど、直樹くんは「授業があるから」と言って行ってしまった。