光の風 〈封縛篇〉前編-10
「ちょっとね。川に落ちたり、地割れに巻き込まれたりした人たちを助けてただけさ。大丈夫。」
いつものように笑顔を振りまきながらカルサの傍に近寄る。足を引きずったり、無意識に傷をかばう様子もない。どうやら本当に貴未に付いた血は彼のものではないらしい。
安心はしたものの、心中は複雑だった。彼の服が汚れているだけ被害者がいるという事。
「察しがいいな。」
「外の状況を見れば、ね。」
さすがの貴未も苦笑いで視線を地図にずらした。いくつもつけられた印、自分が見た分よりも少ない。すっとペンを取り、更に印を付け加えてゆく。
「ここも、ここも。きっと時間が経つにつれて増えてく。」
「そうだな。」
貴未の言葉に応えた瞬間、肘置きに置かれた手がバランスを崩し、カルサは上半身を肘置きに勢い良く倒れこませてしまった。
「陛下!」
誰よりも早くサルスは反応し駆け寄った。明らかに悪い顔色にサルスにも焦りが出る。周りにいた兵士や女官にも不安の色は隠せない、動揺が連鎖反応のように広まった。
「陛下…陛下、大丈夫ですか?」
サルスの問いかけに応えようとするもの、青白い顔、荒い息、ひどい汗を浮かべたカルサには困難なものだった。さすがのサルスも不安になり、何か言おうと口を開いた瞬間、消えそうな声でカルサが止めた。
「サルス、止めるな。」
「カル…陛下…。」
「おい、カルサどうしたんだ?」
あまりの尋常じゃない様子に貴未が二人の傍に近寄った。思わずサルスが貴未に物言おうとすると、それを阻止する為に力を振り絞りカルサが態勢を戻した。
「力を使いすぎただけだ、気を付ける。」
息を吐くように綴る言葉を誰もが息飲む思いで聞いていた。背もたれに体を預け、汗だくで息も荒い、今まで見たことのない衰弱した姿を見せたカルサ。そこに居た者全てが目を疑った。
「おまえ、嵐を止めようと力を使ってんのか?!」
カルサの状態に気付いた貴未はカルサに詰め寄り両肩を勢いよく掴んだ。信じがたいものを見ているような表情でカルサを見つめる。
「まあ、な。」
苦し紛れの笑顔に貴未は思わず固まってしまった。時間がないのも手段が限られているのも分かり切っているが、まさか一番危険な手段を行なっているなんて思いもよらなかった。
カルサの様子を少し冷静になって見れた時、貴未の中に気になっていた事が思い出された。
「まさか、風が止んだ時があったのも…リュナが?」
「だろうな。」
衝撃の事実に貴未は唖然とし、カルサの肩を掴む力がみるみる弱まっていった。禁忌の術といわれている事をためらわずに個々の判断でやってのけた二人。それでも静まることを知らない嵐は永遠のように吹き荒れる。