人万貨銀行-2
鼻でその風を嗅ぎ分け、
皮膚でその熱を感じながら自らの世界観を構築し表現してゆく。
音楽家が音符にその背後に広がる景色を投影するが如くに。
目をつぶれば自然と広がっていく景色を彼は再び見たいと渇望した。
しかし瞳を閉じても
今は
闇しかない。
彼は闇を怖れた。
彼の才能の死が現実化するのを怖れた。
再びこのフィールドに出ることは他ならぬ自分自身と向き合い、目をカッと大きく見開きまじまじと己の無力さも弱さも受け入れなくては
開始線を踏み越える事などできないのだった。
誰もが全てを最初から持ち合わせている。
誰もがそれを実感している。
しかし
生きていく上での柵や常識や虚勢がそれらを段々と信じられなくさせている。
望めば全てが手に入るのに。
臆病がその差し出そうとする手を引っ込めてしまうのだった。
望むことが全てを拓く鍵なのに。
Dはようやく重い口を開いた。
「確かに私は自分自身が嫌いでたまりません。
風を掴んでいたせっかくの拳を自ら開いて放してしまったことを呪いました。
今の私を客観的に捉えることも避けてきました。
しかし、
私はもう逃げません。」
バイヤーはただDの眼光に焦点を合わせて何かを考えているようだった。
「D。
貴方のお気持ちは確かに伝わりました。それでしたら、一日よく考えていらっしゃい。
そして本当にこの先も闘える決心が出来たら明日もう一度来なさい。」
Dは頭を下げて銀行を後にした。
冷たい風も街の彩りも彼を引き止めることはなかった。
彼の眼光は光を増すばかりだったから。
勇み足で彼はこの静寂の街の中に消えていったのだった。
全てへの決心と何もかもを焦がしそうな激情を抱いて。