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人万貨銀行
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人万貨銀行-1

冬の足音が駆け足とさせる12月。
静寂な冬景色の街中をロングコートの男が駆ける。
この男名をDという。
単なる通称であるが、その本名を知るものは少ない。
彼が向かう先は繁華街をちょうど通り過ぎた閑静な街並みの中に溶け込む古びた銀行であった。
先にDについて少し紹介しておこう。
身の丈は1m80を越えるスラっとした体格。
顔は無精髭に貪欲なまでもの生への執着を現すような鈍色の眼光。
全身黒ずくめ。
髪は少しウェーブがかっといた。

目の前に厳と佇むこの銀行は外観はいたって普通の銀行だった。
しかし
その表向きとは異なり、取り扱う物は他のそれとは比べがたい異質なものであった。

人の持ち得る能力こそが彼の向かった銀行の商品であった。

能力を引き出す銀行。

名は『人万貨銀行』という。
受付も他の銀行のような様式に従わず、顧客とバイヤーと呼ばれる銀行員がサシで商談する。
その商談が成立すれば、望むべきスキルが借りられるという寸法だ。
もちろん無金利。

さっそくDはソファで初老の銀行員と商談に入った。深い掘りの気品漂う初老のバイヤーは眼鏡をギラっと光らせて始めた。

「確かに貴方には類い稀な能力がありますD
しかし……」
 
そこで言葉を濁すのだった。
暫し沈黙。
値踏みするようにバイヤーは資料に目を通した。
重い空気が流れる。
その沈黙を破ったのも初老のバイヤーであった。
「貴方はその現状と才に過信しておられる。
そして何より怖れている。自分自身を。
信じきれていないのです。」

的を得た言葉に足る返答にDは言葉を詰まらせた。 
「D。貴方が望む物をこちらとしても是非とも提供したいと思います。
ただし貴方がそれを受け入れるだけの強い信念がなくては受理することはできません。」

Dが望む物…
それは世界一の芸術家をも凌駕するほどの筆捌き。 
彼は業界では名の知れたデザイナーであった。 

彼が生み出す作品は独創性があり、全てに彼のコンセプトである 
『凛とした空間』
が表現されていた。 

個展も大盛況。 
ファッション誌にも特集を組まれる程であった。 
 
それがある事件を機に彼は3年の失踪劇へと自らの行く道を進めてしまった。
一旦は捨てたモノ。  
輝かしい過去を取り戻す為に彼はこの銀行へと来たのだった。 

想像力は確実に縮小し、 
創造するモノもどこかオリジナリティに欠けていた。 
焦り。 


彼が再び芸術家の土俵で闘う為にはその類い稀な能力を復活させることが契機になると彼は感じていた。
枯渇してしまったその能力を。 

デザイナーは時の風を掴まなくてはならない。 
荒い、そして変わりやすく儚い風を。 


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