雪椿の夜艶〜由起夫と奈緒子-1
雪解け間近い秘湯の地。かの文豪達に愛され、
毎年、湯治客が訪れる由緒ある温泉街。
人影もまばらなその地はスキー客で賑わう事でも有名だった。
四月とは言え、
湯沢町には
名残り惜しそうな残雪が山の頂に垣間見える。
そんな越後湯沢駅に夕闇の帳が降り始めると、
ヒンヤリと澄みきった空気が二人の頬を撫で、
その開放感から、
由起夫と奈緒子に自ずと笑みが零れていた…。
由起夫>
『やっと着いたね…。』
奈緒子>
『うん…』
『空気が清々しいね!』
二人は宿に向かい
寄り添い合うように歩き出すと10分程で宿についた。
大正末期の旅籠をイメージし隠れ家的趣のある宿は、街の景観とは馴染めずに少しだけ浮遊して見えていた。
うら若き女将は露天風呂のある離れの部屋を勧め、言われるままに奥の間へと通されていた…。
部屋の内部には檜で設えられた露天風呂があり、
湯煙が立ち込める背後に坪庭で咲く雪椿の花が
ライトアップされ、
その艶やかさは庭先に残る白銀に赤紅色を浮かびあがらせ、
凛とした佇まいの中に
侘び寂の静けさを漂わせ、どっしりと落ち着いた風情は紛れもなく二人の心情を掻き立て、
部屋の中央にある囲炉裏火がパチパチとレトロな音色を奏でれば、
緩やかな暖気を部屋一面に充たしていた…。
この季節の暖としては最良の配慮であり、
静寂な時を持て余し、
備えられていた浴衣に着替えると、
運び込まれた懐石料理に舌術鼓を打ち、
冷えた地酒が心地良い酔いに二人を誘うと、
すっかり夜の帳が降りていた…。
『ピチャッ、ピチャン』
静寂の間に湯船から溢れ落ちる湯水の音…。
幾分酔いがまわった由起夫が、坪庭に面した露天風呂の引き戸を開ける。
由起夫>
『先にいただくね!』
耳打ちするように奈緒子に告げると、もどけるように浴衣を脱ぎ捨て、
丸い檜の湯船に浸かる。
まだ肌寒い外気が酔った素肌に心地良く、
ライトアップされた幽玄な雪椿に見とれていると、脈打つ血流がドクドクと体内を巡り、
由起夫の意識を朦朧とさせていた。
湯船から上がり、丸裸の由起夫は坪庭に咲き誇る雪椿を数本摘み取り、
火照る素肌に浴衣を纏うと、覚醒した己の肉体に刃向かうように、
弾けんばかりに怒跳する欲望を堪えていた…。