YourSong-1
私は多分、君に恋をしていた。
ううん。多分じゃない。
私は君に恋してるよ。
今でも君が大好き。
だから歌うね。
君の歌を…。
アコースティックギターを弾きながらが歌う事が大好きだった私が、高校2年生の時から興味本位で始めた路上ライブ。
初めは上手くいかなくて失敗ばかりしていた私を、君が励ましてくれたのが私達の出会い。
その出会いからあっという間に3年が経ち私は大学生に、君は高校生になった。
君と出会った時は短く揃えていた私の髪も君に長い方が似合うと言われて今では腰の辺りまで伸びている。
その髪をクルクルと指に絡めながら、私は恐る恐る君の顔を窺った。
「はぁ?歌うのをやめる??」
私の打ち明けた悩みを聞いて君の眉毛が釣り上がっていく。
最近髪を赤茶色に染めた君は、まだあどけなさを残した顔立ちをしてるけど…怒るとすごく怖い。
多分そんじょそこらの不良よりも怖い。
ケンカだって強いし…だけど変に優しかったりもした。
その優しさに触れたくて私も2つ年上のくせに変に甘えてみたりするんだけどね。
「だって…その…スランプだし…」
怖い君の笑顔に背筋にたくさんの冷や汗を掻きながら、私はあははははと乾いた苦し紛れの笑顔を作ってやった。
今、私はスランプに陥っている。
悩んでも悩んでもハッキリと浮かび上がらない歌詞。
気持ちのこもらないメロディー。
まるで心がどこかに行ってしまっている。
あぁ〜なんか涙でてきそう。
だって本当に怖いんだよ?
年上としてがんばってみるけど…。
「だってもくそもあるか。アホ。奈緒からそれ取ったら何が残る?」
君って結構毒舌なんだよね。
そのくせ言ってること合ってるから、言い返せないし。
「料理…とか?」
苦し紛れに唯一得意な家事の中からチョイスした単語を口にした。
得意と言うより取り柄のない私に母が、それならいい嫁になれって無理やり叩き込まれただけで、そのおかげで母はずいぶん楽してるんだよね…。
「いや、そんなの俺も出来るし…。…はぁ〜。てか、スランプってそんなの誰にもあるだろ。普通」
釣り上がった眉毛が下がり君の顔が呆れた様な顔になった。
君は私より年下なのに出会ったその日から私を敬ったり、敬語を使ったことがない。
むしろ私を手の掛かる妹の様に見ている。
まぁ、私は友達によく童顔ってからかわれるけど、君よりは大人だよ?
社会的にも、精神的にも、身体的にもね。
こう見えて脱いだらすごいんだよ。私。
「そうだけど、さぁ。今回ばかりはいつものスランプよりたちが悪いんだよ」
私の弱音と一緒に、カランといつのまにか空となっていたグラスに残る氷が音を立てて崩れ落ちた。
ふと、ファミレスの窓越しに外を見ると辺りはすっかり暗くなっていて、大通りを行きかうカップルが目に付いた。
もうすぐクリスマスのせいか町並みがいつもより輝いていて、その中を歩くカップルがやけに羨ましく思える。
私達もそんな風に見えてるのかな?
そんな淡い考えを抱いてしまった私は、人知れず一人で赤くなってしまった。
「何赤くなってんの?まぁ、何とかなるって。じゃ、俺これから塾だから」
君が立ち上がり2人分の料金の打ち込まれた伝票を手に取ると、笑顔を私の顔に触れるぐらい近づけてきた。
君の吐く息が鼓膜をくすぐり妙な緊張感とドキドキが私を埋め尽くしてくる。
あぁ〜頭がクラクラするよ。
君が背伸びをして付けている柑橘系の香水が私の思考を優しく溶かしていく。
ふと、虚ろになった私の瞳に入ってきたカップル達は、モミの木下で熱いキスを交わしていた。
「奈緒の好きな様に作ればいいんだって。何にも考えないで素直に書いてみなよ」
優しく私の中に響く君の声。
ほんの一瞬だけ唇に感じた温かい君の唇。
サラサラ私の髪を撫でた君の指。
私には何が起きたのか全然理解できなかった。
「何にも考えられなくなるでしょ?ジュース代、ありがとございま〜す」
ニヤリと笑みを零して私から逃げるように君は足早にレジに向かって行った。
え?え?え?私キスされた?!
初めて聞いた君の敬語で私の飛んでいった意識が集まりだして、私の頬をさらに赤く染めた。
あ、あのませガキは何してくれるのよ!!
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。奏!!」
真っ赤な耳をしてレジを済ませている君の背に私は駆けていった。