わたしと幽霊-4
あたしは教室のドアを閉め、黒板へと向かっていた。
あの夢を見たことで、単に彼への興味が湧いた。
始めめはただそれだけなんだろうな、きっと…
「…はじめまして」
ここでようやく、あたしは彼に――
黒板の横に腰掛けた幽霊の彼に、向き直って声を掛ける。
つい、と、彼があたしを見上げる。
教養に溢れた切れ長の彼の目と、あたしの目が重なった。
彼は思慮深そうな表情で、じっとあたしを見上げている。
あたしはあの時、あれを夢だと思ってた。
でも今思い起こすと、あれは彼の心の記憶の欠片かもしれない…
そんな気もする。
あれが、幽霊となった彼が今でもここに留まる理由なのかも…
しばし、彼と見つめ合う。
あたしは…――
「あ?何だお前」
彼は目を細め、鼻で嘲笑するような言い方で、あたしを胡散臭そうに睨んだ。
――あ…あれ…?
あたしは真っ白になった。
なんかイメージと全然ちが…
「好奇心で俺に話し掛けんな。寝呆け女」
もしもし……?
そりゃ確かに好奇心かもしんないけど…ってか、
ひょっとして…
「お前、俺に気付かれてないと思ってたろ?てか、あんだけチラチラ見てたらモロバレだ。馬鹿だろ」
…ひょっとしなくても、こいつ…ヤな奴?!
あたしは立ちくらみを憶えながら、引きつる顔で茫然と呟いた。
「あの夢のあなたは素敵だったのに……」
これが現実。
ふらふらとよろめいて、教壇に突っ伏す。
なんか、宝くじのビッグを当てたと思ったら組違いだった、みたいな…
ああもうよく分かんないけど何かショック!!
「……夢の俺?」
ぽつり、と彼は呟いた。
「おい…夢って何だ?」
ここで初めて彼は立ち上がり、低い声で…真剣な眼差しで、あたしに詰め寄る。
「どーせ寝呆け夢だもん…」
空想の人物に抱く、憧れにも似たものを木っ端微塵にされたあたしは。
ふらふらと近くの椅子に腰掛け、あの夢のことを詳しく話して聞かせた。
彼は思慮深い眼差しで、じっと話に聞き入ってる。
この顔の時は…マトモなのに…
「そこまでか?」
「…うん。途中で目が覚めちゃったから…」
「……そうか」
そして何やら考え込んでいる様子。
「それ…お前の言う通り、俺の記憶の断片かもしれん」
「……?」
「記憶が無いんだよ。自分が死んだ記憶だけが。
気付いたらあちこちを彷徨っていた」
ああ…
自分が死んでる事に気付かない霊もたくさんいるもんね…
「よし」
何やら頷く。
「ここに辿り着いてお前に見つかったのも何かの縁だ。お前が俺の記憶を繋ぎ終わるまでは、世話になる事にする」
へぇ、そう…
世話になるってのは…えっと…
……は?
……はぁぁ!?
「嫌よッ!!」
その意味が分かったあたしは全力で拒否。
でも彼はあっさり無視。
「今日から俺は、浮遊霊からお前の背後霊だ」
彼は世にも恐ろしい宣告をあたしに告げた。
い…………
「嫌ぁぁ〜〜!!」
静かな黄昏に包まれる放課後の教室に――
青春真っ盛りだったハズの、あたしの絶望の叫びが響き渡る……