@−猫に好かれる男−-1
jingle bells♪
jingle bells♪
鈴っが〜鳴る〜♪
今日っはぁ楽っしい〜クリスマスっ♪
誰が楽しいと決めたんだ?
ホワイトクリスマスならぬレニークリスマスとなった今日この日、何故か僕…俺は傘もささずにさ迷い歩く。夜の冷え切った雨模様に人の気配はまったくない。ふと立ち止まり、空を見上げてみた。雲か空かもわからない黒はまるで、ぼ…俺の心の色だ。
何も考えたくなくて歩いている。
しかし今も耳に残る彼女の声。
『今のあなたなんて嫌いっ』
はっ…ざまぁねぇな。
−チリン−
聞き慣れた音に視線を落とすと、泥まみれになったずぶ濡れ子猫が小さくくしゃみをしていた。
寒いからな。
そっと抱き上げてやると嫌がるどころか擦り寄ってきやがった。せっかくの一張羅がだいなしだ。
ポケットに入っていたびしょ濡れのハンカチを取り出し顔を中心に優しく拭いてやる。
首輪の小さな鈴の音が濁っていたので最後にそこを丹念に拭うと、なにやら文字がベルトに浮かぶ。暗くてよく見えなかったが、一筋の光が突然そこを照らし出した。
「お探しのモノ差し上げます」
−チリーン−
今度は澄んだ空気に綺麗に響いた。
「大丈夫ですか?」
ゆっくり振り返ると小柄な女性がキョトンと首を傾げていた。
「ずぶ濡れですよ?」
大きな大きな花束を一杯にかかえ、小さな顔に不釣り合いなぱっちりとした大きな瞳が笑んだ。
そういわれて気がついた。雨は止み、真ん丸な満月が顔をのぞかせているのに。
「よろしければ中へどうぞ」
そう掌で示したのは派手過ぎない模様の、木彫りの両開きドアだった。
「いえ、中を汚してしまいますので…あっ、こらっ」
人が丁重にお断りを入れているのを尻目に、子猫は俺の腕からスルリと抜け出し、ドアの小さな隙間から中へ飛び込む。
「おいっ!」
栗色の軽く巻いた髪をふわりと靡かせ、女性はクスクスと微笑んだ。月のようにはかなげたが、太陽のように温かい彼女にいつの間にか見入っていた。
「どうぞ」
扉を大きく開けられてしまっては引き返すことなど出来ない。しばらくあの猫に付き合うか。
「…お邪魔します」
しぶしぶと足を運ぶと、甘い香りが全身を駆け巡った。
目の前に広がる花畑のような沢山の花。花屋でさえここまで集めることはないだろう。四季折々の花を直視し、僕の興奮は当分やみそうにもなかった。
「どうぞ、おかけになってお待ちください」
入ると奥にはカウンター。レジなどはなく、陶器の立派な花瓶が寂しくぽつりと置かれていた。部屋中央には小さなテーブルと椅子が二脚。カントリー風というのだろうか。両壁際に段々に並べられた花と調和がよく取れている。しかし気に入らないのはあの花瓶。あれだけがとても浮いている。まるで…俺みたいだ。
「どうかされましたか?」
奥から戻って来た彼女はふわふわのタオルを差し出し、自嘲を漏らす俺の気持ちをふっと軽くしてくれた。不思議な人だ。
「紅茶はお好きですか?寒い日には温まりますよ」
付き添いで飲むことはあるが、好んで飲むことはない。まぁ適当に飲むさ。
「にゃぁ」
彼女が椅子にかけると、当たり前のように小さな猫が膝に飛び乗る。羨ましいこった。
「あれ…その猫…」
白くふさふさな毛並みに騙されて気付かなかったが、首には確かにあの鈴つきの首輪があった。
「見違えるものですね。洗って乾かしてあげただけなのに」
陶器の擦れる音が微かに空気を揺らし、彼女はカップに口を付ける。