自分の正体-9
コーヒーもあと一口ほどでなくなるその頃、広徳が呟くように言った。
「特公…」
「!?」
その言葉を聞いた美琴はコーヒーカップを持つ手が止まり、驚いたような目で広徳を見つめる。
「あなた…、そこまで…」
正直そこまで広徳が知っているとは思わなかった。片山もその存在自体、広徳には話していないと言っていた為、一体どこでその存在を知ったのか、驚きを隠せなかった。
「特殊公安部…、略して特公。捜査の為、どんな罪を犯しても罪に問われる事はない、公安の中でもごく一部の者しか知らない極秘の部署。ただ命を落としても何の責任も負ってはもらえない。事故死として処理される過酷な組織。そんな過酷な任務に自ら進んで立ち向かう特安、彼らを動かすのは揺るぎない正義感。正義感のみで彼らは悪に立ち向かう。俺はそんな特公に憧れてるんだ。」
それまでの優しい母の雰囲気が消える。
「ダメ…、特公だけは…。お願い…、それだけはダメ…」
美琴は怯えた様子を広徳に見せた。
「俺はネイルサロンより、そっちの方が俺に合うと思ってる。犯罪者の息子になろうが、公には知られざる存在なら。俺にうってつけだ。」
「広徳…、あのね…」
「特公はメンバーの死亡率が高いんだよね?その存在を敵に知られたら、必ず命を狙われる。それを間近で見てるんだよね、母さんは…」
「…」
「公安の人間として…」
「…知ってたの…?」
「ああ。俺は誰よりも近くで父さんを見て来た。と同時に誰よりも1番近くで母さんも見て来たんだ、気付かない訳がないでしょ?」
「…そっか…。そうね。あなたの鋭さを見抜く目が曇ってたわね、私。大事な息子を見るメガネが曇ってた…か…。」
「フフ、そんな母を見て育ったんだ、警察に憧れて当然だろ?」
「フーッ…、そっか…、気づいてたか…。私もまだまだね…。」
「肉親だから気付けただけだよ。他の人から見れば母さんはネイルサロンの敏腕美人社長にしか見えないよ。」
「でもやってるうちにね、ネイルサロンの経営、楽しくなっちゃってね。もし生まれ変われたら、ネイルサロンの社長がいいなって。」
「母さんは、ほんとは警察じゃなくてそっちの方が合ってるんだよ。でもそれを犠牲にしてまで高嶋謙也を追っている。俺は母さんのそーゆーとこも好きだよ。憧れる。」
「広徳…」
「心配すんなって。母さんに内緒で特公には入らないよ。入りたくなったらまず母さんに相談する。だから今は特公ごっこを楽しませてよ。」
「うん…でもね広徳…」
「大丈夫。本当に危険な領域までは踏み込まない。俺、まだ死にたくないんだ。最近ハーフちゃんとの未来を少しだけ想像するようになっちゃったからさ!」
「本気で愛してるの?彼女の事。」
「ああ。愛してる。」
「ンフっ、そっ!今度合わせてね?」
「ああ。」
美琴は愛する者の為に自分の命を守ろうとする広徳の気持ちに安心し嬉しくなったが、息子が1人の女性を愛する事に少しだけ寂しさとジェラシーを感じた。