自分の正体-8
「父さんにね、言われたの。広徳なら立派な刑事になれるって。私は嬉しかった。だって副総監からそう言われたのよ?私はあなたが刑事になり活躍する未来を想像して胸が膨らんだ。でもあなたは高嶋謙也の息子。もし悪事を暴き裁きが下ればあなたは犯罪者の息子。刑事としての未来はその時点で終わる。あなたは刑事になるべきだし、なって欲しい。でも私達のやってる事は結果的にそのあなたの輝かしい未来を奪う事になる…。私はそれが苦しくて苦しくて仕方がない…。あなたに申し訳なくて申し訳なくて仕方がない…。仕方がない…」
「母さん、俺は俺の意思で動いてるんだ。確かに刑事になりたいなって気持ちは…ある。いや、強いかな…?でも、俺の運命はきっと刑事になる事じゃない。この手で長い長い因縁に終止符を打つ事が運命…長山の血を引く者の運命なんだよ。俺は刑事になれなくても後悔はない。ネイルサロンの重役も悪くないかなって思ってるよ。」
広徳は悪戯っぽく笑う。
「広徳…」
ようやく少しだけ緊迫した雰囲気が崩れた。
「俺、ハマってるんだ。父さんの黒い噂や過去を暴く事に。これはいくら母さんの願いだからと言ってやめられないからね?母さんはいつも俺のやりたいようにやらせてくれた。だからこれからもそうさせてもらうし、それに俺はいつまでも、何があっても母さんが大好きだよ。自信あるし。」
「広徳…」
その言葉が美琴にとっては一番嬉しい事であった。広徳は一度席を立ち、コーヒーを淹れて持って来た。一口啜ると動揺気味だった気持ちが少し落ち着いた。
「母さんの本当の名前って何て言うの?」
「私の名前は…片山純菜、よ?」
美琴自身、久々に思い出したような気がした。
「純菜かー。可愛いじゃん!名前の由来とか分かるの?」
「うん。私は3月2日生まれでしょ?その頃は春。桜が満開の季節。春と言えば、日本人なら桜のピンクのイメージ。でもその頃、少し視線を横に向ければピンク一色の中にも目を奪われる鮮やかで純粋な黄色の花がある。」
「菜の花!」
「そう、菜の花。みんなは桜にばかり目が行くけど、その中でもひっそりと美しく、目を引くような存在の菜の花のような人間になって欲しいと願いが込められてると言ってたかな?」
「へー、そうなんだ。でもさー、ひっそりどころか桜さえも食っちゃうようないい女になっちゃったよねー。」
「そ、そんな事はないわよ…」
「いやー、マジで!」
「ちょっとー、揶揄わないでよー!」
「ハハハ!」
2人はすっかり仲の良い親子の姿を見せていた。