自分の正体-3
それから30分程経っただろうか、美琴は仕事の目処が着いたようだ。
「お待たせ、終わったわ?ご飯でも食べてく?」
広徳は即答する。
「母さんの唐揚げ食いたいな。」
美琴はニコッと笑う。
「そう言うと思った。じゃあ材料買いに付き合ってよね?」
「ああ。」
広徳にとって母とスーパーに買い物に行くのは子供の頃から好きだった。世間ではセレブだのクール過ぎる女だの言われているが、決してそんな事はない事を広徳が1番知っている。仕事から離れれば良き母であり、これで社長が勤まるのかと心配になるぐらいごく普通の女だ。いつまでも若々しい秘訣こそ知らないが、小さな頃から母は変わらなかった。時折見せる何かを秘めた瞳まで。
広徳が車を出そうとしたが、助手席のシートにマギーと自分の体液がついている事を思い出し美琴に車を出して貰った。
「社長なんだからベンツとか乗ればいいのに。」
美琴のマイカーはプリウスだ。
「要らないわよー。燃費が1番。私、ガソリンにお金かかるの、この世で1番嫌いなの、知ってるよね?」
「ああ。」
そんな会話をしながらスーパーに寄る。カートを押す広徳。カゴに材料を入れて行く美琴。
「あのさぁ…」
広徳が口を開き、最後まで言葉を言う前に分かってしまう。
「キットカットでしょ?」
「ん?あ、ああ。」
「いくら?」
「258円。」
「うーん、微妙ね。でも今日はいいわよ、買ってあげる。」
「サンキュー♪」
嬉しそうにキットカットをカゴに入れる広徳は子供の時と何ら変わらない。美琴は198円でなければ絶対に買ってくれなかった。その為家にあるあちこちのチラシを見て198円で特売している店を探してそこで買い物をするよう誘導するのに苦労したもんだ。うまく誘導出来たと思っていたが、今思えば全てお見通しだったのだろう。どこも198円で特売をやっていない日が2週間あり広徳が食べたくて食べたくて仕方がなくなるタイミングでいつも「たまたま寄った店で198円で売ってたから買ってきたわよ?」と言って広徳を喜ばせていた。
(掌の上で転がされてたんだなぁ、俺は)
そう思い自然と顔が綻んだ。
「他に欲しいの、ない?」
「あ、大丈夫。」
「そっ。じゃあ会計しちゃうわよ?」
「ああ。」
2人はセルフレジに行き、手際良く息の合った様子でレジを通した品物をエコバッグの中にしまっていくのであった。