ヘブンリーブルーの笑顔-3
「かわいいんですよしのちゃん。『おおきくなったら、お兄ちゃんとけっこんして、あたしはキャビンアテンダントさんになって柚希お姉ちゃんとおんなじ飛行機でお仕事するのー」ですって。うれしい、しのちゃんがさくらに来てくれたら、私お仕事もっと頑張れそう」
「『キャビンあたんだんさん』とか言ってませんでしたか?」
俺の軽口に柚希ちゃんが笑った。さすがに俺とキスしたりペッティングしたりと、「こいびと」関係にあるっていう話はしていないんだろう。
「真奈もしのちゃんのこと、大好きです。妹が欲しかったからっていうのもあるかもだけど、気が合うみたいですね」
柚希ちゃんの髪が西からの夜風に揺れ、ふわ、と柚希ちゃんの匂いが俺の鼻腔に届く。
「さおりさんもすてきな人だし、私、せんぱいと関わる人に幸せになってほしい。だから」
くっ、と、上半身を俺に向けて、柚希ちゃんがいたずらっぽく笑う。
「さおりさんとしのちゃんを幸せにしてあげないと、私、おこりますよ」
もごもごと生返事してごまかす。柚希ちゃんが言っているのはさっきのディスパッチャ資格のことだ。
角の居酒屋から、宮古民謡とお客さんの歓声が漏れ聞こえてくる。誰かがカチャーシーを踊ってるんだろう。そういえばさおりさんが最初に前のオーナーさんに会いに行ったときもカチャーシーを踊らされて筋肉痛になったって言っていたな。けどそれが楽しかった、そういう開放的な雰囲気の宮古島をすごく気に入った、とも。俺も、まだ二日間しか過ごしていないこの島のことをかなり好きになりつつある。
しのちゃんと真奈ちゃんが、広い庭のある平屋の門の前で立ち止まる。ポーチの下にスペーシアとソリオが停められているここが柚希ちゃんたちの家らしい。
「せんぱい、約束ですよ」
明日は午前の那覇便に搭乗し、その後は那覇空港でスタンバイ(待機)する柚希ちゃんが、俺の顔を覗き込むようにして言った。
「宮古に来て、ディスパッチャになって、さおりさんとしのちゃんを守ってくださいね」
柚希ちゃんが俺の左の二の腕を、ぽん、と叩きながら俺の顔のすぐそばで笑う。ちょっと酔っているせいか、今夜の柚希ちゃんはいつも以上に距離が近い。
「お兄ちゃん、お菓子ありがとう!またねー、おやすみなさーい」
しのちゃんとばいばいし合った真奈ちゃんが、柚希ちゃんと並んで俺に手を振る。しのちゃんとさおりさん、それに柚希ちゃんと真奈ちゃんがいるこの島。さっき、さおりさんの店で、柚希ちゃんと話をしているときに切り替わったように感じたモード。明日宮古から戻ったら、もう一度支店長に相談の時間を取ってもらおう。
帰り道はしのちゃんと手を繋いで、海岸沿いの道をゆっくりと歩いた。さっきの居酒屋の向かいにある大きなドラッグストア兼コンビニで元気の子とオリオンを買い、あのちゃんを歌うしのちゃんと家に向かう。
「お兄ちゃん、柚希ちゃんとなんのお話してたの?」
しのちゃんが、の、の口の形のまま俺を見上げる。
「うん、『しのちゃんがかわいい』ってお話」
「ふーん」
こいつ照れてやがる。そっけない返事をするときのしのちゃんは案外テンションが上っている。そっと左下を見ると、照れくさそうにニヤニヤしてやがる。くっそう、かわいいじゃねえか。
「しのちゃんは、真奈ちゃんのほかに何人くらいお友達できた?」
「いっぱいいるよー、歩美ちゃんと凛子ちゃん、奈美恵ちゃん、メイちゃん……」
「メイちゃん?」
「ごがつ、って書いてメイちゃん。なわとびがすっごくじょうずなの」
「へえ……いっつもどこで遊んでるの?」
「あのね、凛子ちゃんのおうち、すっごく大きくておにわもひろいから、ふだんは凛子ちゃんのおうち。でも、あたしのお家にみんながくるときもあるよ」
つないだ手をぶんぶん、と振りながらしのちゃんが楽しそうに言う。そうかしのちゃんのお友達、小3女児たちが集合することがあるのか。モチベがいちだんと上がるな。
「お兄ちゃん、へんなかおしてる。あ、へんなかおはいつものことだった」
にへへ、と笑うしのちゃんの頭を反対の手のひらで軽く小突く。
「ね、お兄ちゃんは、柚希お姉ちゃんや真奈ちゃんのこと、好き?」
え?
「え、いや……うん、あ」
「あたしは大好きー。柚希お姉ちゃんすっごくやさしいし、真奈ちゃんは、なんていうか、しんゆう、って感じ」
そういう意味か。綾菜ちゃんのことが脳裏をかすめたからちょっとだけ胸がどき、とした。夕方に感じたとおり、やっぱりしのちゃんは自分が好きで信頼している相手ならジェラシーを感じたりしないんだな。
「ね、お兄ちゃんは?好き?」
ま、ここは正直に言ってもいいだろう。
「うん、好きだよ。柚希ちゃんは大事な仕事仲間だし、真奈ちゃんはしのちゃんの親友だから。しのちゃんの好きな人は、俺も好きだよ」
柚希ちゃんのかわいい顔と確実にC以上ある胸とぷっくり唇とキュートな前歯や歯茎と柚希ちゃん臭い息臭は極上のオナペットだよ、とは言えなかったいくらなんでも。
「ほんとー?よかった、あたしとお兄ちゃん、好きな人も好きなものもいっしょ」
さおりさんの家の玄関の前で立ち止まったしのちゃんが、にへ、と笑って言った。
「でも、あたしとお兄ちゃんとで好きなものが違うとこがあるよ」
家のカギを開け、玄関に入ってスニーカーを脱いだしのちゃんがとたとた、とリビングに向かう。
「え?なに?」
振り向いたしのちゃんが、笑顔で俺をにらみながらささやいた。
「それはね、はだかみてエッチなことするとこ」