nao〜菜々子-1
目を開けると、あの人が笑いかけてくれている気がして、何度もまぶたを閉じては開けてみる。
もちろんそこには誰もいなくて…当たり前なんだけど、私から手を離したことなんだけど。
何度も目を閉じては開けてみるの。
元気にしていますか?
ありさとうまくやってる?
…いつかまた2人で散歩できる日が来るかな。
「Nana」
一人でぼんやりと桜の木を見つめていたら、キムに呼ばれた。
「what` s up?(どうかした?)」
「…. Nothing.」
なんでもないの。うん、なんでもないよ?
あとたっぷり6ヶ月は咲くことのないその木を見つめていたら、ついつい考え込んでしまったみたいだった。今日は雨降りだからよけいに考えちゃうのかな。
雨。
昔は好きだったよ。雨に濡れるのも、傘を差さないで歩くのも。だっていつもあなたが隣にいたから。「またそんなことして。風邪引くぞ?」って言ってついて来てくれたでしょ?それが好きだったの、…なんて言ったらどんな顔するのかな。そう言った時の、あの人の困った顔を想像すると少し笑えた。
「ナナ、今日アナタちょっと変なんじゃない?」
ルームメイトが窓の外を見ながら一人で笑っているのを見て、キムは心配になったらしく。
「ごめんなさい、本当に大丈夫。」
そう答えても彼女の曇った顔は晴れなかった。
「卒論の発表の用意で疲れてるんじゃないの?無理しちゃダメよ?放っておくと倒れるまで頑張るんだから。」
「…ありがとう。」
今年で2年目になるルームメイトのキムは韓国出身の女の子で、赤いフレームの眼鏡に黒髪が似合う素肌美人だ。
KoreaとかChinaの子たちは本当に肌が綺麗で、ファンデーションをしてなくても外に出れちゃうくらい。それがたまらなく素敵に見えて私も試してみたけれど…3日で挫折した。
キムは私より遅く起きるのに、いつも私より早く朝食を食べに食堂へ行ける。
いつか先にテーブルについて、今日の朝食についてキムに教えてあげることがささやかな私の野望。
これ以上キムに心配をかけるわけにもいかないから、散歩に行って来るわ。と言って外に出かける準備を始める。
もう秋の始まりだからか、外は曇りの日が多い。
萌葱色の薄手のレインコートを上に羽織ると、水色の傘を手に玄関の扉を開ける。
ダウンタウンの喧騒を抜けると今日は海岸沿いの道を歩くことにした。春は桜並木が綺麗な町並みも今は秋。すっかり色づいて季節を告げる木々を横目に通り過ぎる。
日本の有名人も何人か別荘を持っているという西海岸沿いは私が住んでいるダウンタウンとは違い、一軒家がそのほとんどを占める。西に行くほど豪華になると言われているように、色とりどりの屋根を持った形もさまざまな家々が一様に広い庭を持っている。
レインコートを着ているとはいえ、外はもう冷え込む。…日が暮れる前には戻らなくちゃね。
初めてここに越してきたとき、その空の圧倒的な青さに驚いた。そしてその山の雄大さにも。
夏のバンクーバーはとても綺麗だから。
案内してくれたエージェントの男の人も、バンクーバーは夏が一番だ!と太鼓判を押していた。暑くても湿気が無いから過ごしやすいと彼が言ったとおりに、夏のバンクーバーはとても快適。