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na〜アリサ
【片思い 恋愛小説】

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nao〜菜々子-4

スポーツ全般が得意な明が、オリンピック用地を見学してみたいと言うので、学校が休みの土曜の午後に私達は海岸通りを散歩することにした。久しぶりに会った明は少し痩せたようで、夏に会ったときより口数も減った気がした。
私は、昨日やっと編み上げたばかりのマフラーを紙袋に入れて持ってきていたので、それをいつ渡そうかに気を取られて、明が重い口を開くまで明の様子に気づかなかった。
「なぁ、菜々子にとって俺って必要?」
「…え?」
聞かれている意味がよく分からなかった。必要、だよ?そんなの当たり前すぎて聞くことないじゃない。そう答えたかったのに口が上手く動かない。
「時々さ、思うんだ。菜々子の人生は菜々子一人で完結してるんじゃないかって。…俺の入り込む隙間なんてないんじゃないかなって。」
思い詰めたような明の言葉に、やっと私は明の異変に気づいた。
「…どうして?」
「え?」
「どうして、そんなこと聞くの?」
聞かないと不安なの?明もやっぱり私のこと分かってくれないの?一人でなんて生きていけないのに。そんなに強い人なんていないのに。全然完璧なんかじゃないのに…
「ずっと思ってたんだ。菜々子の側にいるの、俺でいいのかなって。」
後から考えると、あの時明は私に一言「明じゃなきゃ駄目なんだよ?」って言ってほしかったんじゃないかなと思う。でもその時の私にはそんなことを考える余裕なんてなかった。
「…私は、やりたいことがあるし、そのためにここに来てるの。もし側にいないと駄目なんだったら、私はそれに応えることは出来ないよ。」
明はずっとどこかを見つめていて、その少しこげ茶がかった瞳で私の心に気づいて欲しかったのに一度も見てはくれなかった。
ポツッ 気づくと雨が一筋私の頬を濡らしていた。
「それって、どういう意味?」
低い声でそう尋ねる明を、感情を込めずにまっすぐに見つめる。
「私、自分ことでいっぱいいっぱいで。明のことまで考えられない。考える余裕なんて無いの。」
ポツッ ポツッ ポツポツポツポツポツ…
雨があたしの代わりに泣いてくれている。
「だから、…別れよ。」


私はいつも怖かった。
あなたがいつか心変わりするんじゃないかって。
自分から別れを切り出せば少しは痛みが小さいんじゃないかって、そう思ってた。
私は弱いから。
人を愛せるほど強くないから。
あなたを信じられるほど強くもないから。
あなたの気持ちに応えられるほど強くはないから。


…ありさは、自分の感情をきちんと外に出せる子で、私はいつもそんなありさが羨ましかった。
お姉ちゃんだもんね。菜々子は偉いね。そういわれるたびに違う!って叫びたかった。
本当の高梨菜々子はそうじゃないのに。一生懸命みんなが作った理想に応えようとしているだけなのに。
好きなら好き。嫌いなら嫌いとはっきり言えるありさは、私の目にはとても眩しく映った。

ありさとならきっと明は幸せになれるよ。
そうでしょ?


──北の方から吹いてくる冷たい風が首元を吹き抜ける。コートの襟を合わせると、私はキムの待つアパートへと引き返すことにした。
帰りにカフェでキムの好きなコーヒーでも買っていこうかな。ついでにスコーンも。夜に甘いものは控えていたのだけど、今日くらいはいいよね。


「明、元気にしていますか?私は元気です。」
最後に海の向こうにそう呟くと、その場に背を向けて歩き出す。振り向いた瞬間に、空一面を覆い尽くすような朱の色が私を包んだ。思わず目をつぶると、まぶたの裏で明が笑ってくれた気がして。…あの日と同じように頬を一筋涙がこぼれたけれど、不思議と嫌な気分ではなかった。
まぶたを開くと、今度は躊躇うことなく夕日に向かって歩き出す。
「きっと明日はいい天気だわ。」
そう思うと、自然に笑みがこぼれた。


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