特進クラスの期末考査 『淫らな実験をレポートせよ』act.3-9
『もう、ずっと前から兄ちゃんが』
ギシギシと二階が軋む音がする。加えて、女の甲高い声が響く。
今井は足音を押さえて二階へと歩みを進める。
『兄ちゃんが犯されてるんだ』
修二の言葉に触発されて来てしまったは良いが、今井は自分が何も出来ない虚しさで一杯だった。
いや、しようとすれば何でも出来る。
このドアをぶち破って、太刀川を抱き締めて『こいつは俺のだ』と叫べば良い。
(違う違う違う)
疑念を振り払おうとするが、粘ついた独占欲は辺り構わず張り付いて身動きが取れない。
女の泣き叫ぶ声が聞こえる。卑猥な水音が聞こえた気がして吐き気が襲う。
(あいつはどんな顔して抱いてんだよ)
壁にもたれた体は重力に抗う事無く、ズルズルと下降して行く。
(あいつは俺を抱くみたいに、そいつを抱いてんのかよ)
頭を抱えてうずくまると、扉の向こうで荒い息継ぎを吐く音が重なり合って聞こえる。
(なんだよ)
布が擦れ合う音。永遠とも感じた永い一瞬が、ピリオドを打った合図だった。
(結局俺は……お前は、どうしたらいいんだよ)
ドアが開くと、驚いた様子の女が目の前に現れた。
今井は黙って睨みながら、太刀川の部屋へと足を踏みいれる。
そこは生温く、体に纏わりつく様な湿気を帯びていた。
女物の香水と体臭が吐き気を呼び覚ます。
だけど
助けを求める様な哀しい色の瞳だったから。
太刀川が消えて無くなりそうだったから
俺は
自分の心に蓋をして
太刀川に抱かれた
苦しい、夜だった
「だから、付き合ってるなら、俺はもうお前とは………しない。」
あの日の夜、身をもって知った事実。
心が千切れる程苦しい現実。
(いくら幸せの様な快楽に浸かったとして、あの女と俺は何も変わりが無いじゃないか)
もう、心身共に疲れてしまった。今井は黙って立ち尽くす太刀川を見詰めた。
「俺は」
太刀川が唇を開く。
一瞬、勢いに任せて言葉を紡ごうとしたが、ぐっと飲み込む。そして、改まって太刀川は唇を開いた。
「……キスしたくてするのは、洋平だけだ」
黙りこくる二人の隙間を、爽やかな夏風が通り抜ける。二人の髪の毛やシャツの裾が気持ち良く揺られている。
「それじゃ、ダメか?」
そんな太刀川の問いに、今井は首を横に振った。
既に用意されていた今井の答えはただ一つ。
でも自分から言うのはフェアじゃない。