非情な実験-3
「無駄ですよ。その窓は防弾ガラス並みに頑丈です。しかもマジックミラーなので、向こうの部屋からこちらは見えない。ご存じなかったですか?」
「彼女をどうするつもりです!」
言いながらオズベリヒの元へ駆け寄ろうとするマレーナ。だが手枷と足枷に繋がれた鎖のため、彼に近寄ることが出来ない。
「言ったでしょう? 実験ですよ。彼女が被験者です」
「許しません。ファニータの主人はわたしです! 速やかに彼女を開放しなさい!」
マレーナは必死に食い下がる。
「ご自身のお立場をお忘れですか? 貴女も貴女の侍女も、今は私の虜(とりこ)なのです」
オズベリヒは冷たく言い放つ。マレーナには言い返す言葉がなかった。
「いったい何を、彼女に何をするつもりなのです……」
ようやく声を絞り出し、彼女はベンチに崩れ落ちた。
「先ほどの続きになりますが、我々の先人たちが実行しなかった実験です。あのドワモ・オーグを操るためのね」
「だから、それは何なのですか」
「彼らの知能をより人間に近付けるのです。言葉を理解出来るレベルが好ましい。ですが、先ほども言いましたとおり、脳への外科的手術や、遺伝子操作では実現出来なかった。そこで――」
抗うことが無駄であると思い知ったマレーナは、ただオズベリヒの言葉に耳を傾けている。
「ドワモ・オーグと人間の間(あい)の子を作ろうと思います」
「間の子?」
「そうです。ドワモ・オーグの雄と人間の女との交配により、子を設けるのです。人間の血が半分混ざることで、あの超人的な身体能力は多少劣ることになるかも知れません。ですがその分知能が上がって我々の命令に従順になるのであれば、その方が得る物は大きい」
「まさか……ファニータは……」
「ドワモ・オーグの子を産む母親になってもらいます」
マレーナの頭に衝撃が走った。彼女は再び立ち上がると、
「酷い! そんなことはわたしが許しません! ファニータを離して!」
叫びながらオズベリヒに駆け寄ろうとする。だが、やはり繋がれた鎖のためにその場からは動けない。
「無駄だと言ったでしょう。さて、そろそろ始めさせていただきましょうか」
「上手くいく訳ない。人間と動物の間の子なんて……」
「ユゲイアの長年に渡る研究によれば、我々人間と彼らドワモ・オーグの遺伝子配列はかなり近いものだそうです。これまでの研究で、理論的には交配は可能と結論付けられています。ですがそれはあくまでも理屈の上での話、机上の空論です。今から行うのは、それを確かめるための実験なのですよ」
「そんな……お願いです、やめてください。ファニータを……返してください」
涙を溢しながら懇願するマレーナ。王女のプライドを全て捨て去り、オズベリヒに頭を下げた。
「今度は泣き落としですか? 残念ですが、その願いを聞き入れることは出来ません。こんな機会は滅多にありませんからね」
言いながら、彼は扉のノブに手を掛ける。するとそこへ、
「……ファニータはそんなことに協力しません」
とマレーナは声を掛けた。
「ほお? どうしてそう言い切れるのです?」
オズベリヒは足を止め、彼女の言葉に耳を傾けた。
「ファニータも……彼女も王族に仕える侍女です。辱めを受けるくらいなら、自ら死を選ぶでしょう……」
「彼女が自決するとでも?」
「そうです。使用人も近衛隊同様、王家に仕える者は皆、そう教育されているのです」
「ふむ、それは困りましたね」
「ですから、いずれにしてもこんな実験は行えません。彼女を自由にして!」
マレーナは微かな希望が見えたと思った。そう、被験者が死んでしまっては実験どころではないはずだ。
「――それならば、彼女にはこう言い聞かせましょう。『お前が我々の指示に従わない場合は、王女を殺します』とね」
「……え?」
マレーナは絶句した。反論出来なかった。ファニータにそんなことを言ったら、彼女は王女である自分を守るために、身を差し出すほかないではないか。
もう為す術はない。マレーナの目の前は真っ暗になった。
「さてそれでは、私は実験の指揮を執るためにあちらへ行かねばなりません。貴女はここから観察なさるといい。特等席ですよ」
そう言い残すと、オズベリヒは部屋を出て行った。
(ううっ……ファニータ……)
マレーナは床に泣き崩れた。