非情な実験-2
オズベリヒは至って冷静に答えた。
実験を見るだけなのに、なぜ手足の自由を奪われなければならないのか。マレーナには全く理解が及ばなかった。
「私が指示を出したら被検体を連れて来い」
オズベリヒが従者のひとりに命じると、彼は一礼して部屋を出て行った。
「実験とは何です? ここで何をするの?」
マレーナは同じ質問を繰り返した。オズベリヒは、今度ははぐらかすことなく説明を始めた。
「ドワモ・オーグ」
と、彼は口にする。
「え?」
「ドワモ・オーグですよ。ご存知ではありませんか?」
マレーナには聞き覚えのない言葉だった。彼女は無言で頷いた。
「やれやれ、仕方がありませんね。説明いたしましょう」
オズベリヒは語った。
ドワモ・オーグは、惑星オセリアスに生息する、二足歩行の生物だ。外見は人間のシルエットに近いがやや大型で、顔は獣のそれである。知能は人間ほどではないもののかなり高く、社会性を持った集団で生活している。凶暴な気性のため、かつては危険な生物として人間により大量に殺され、その数が減少した。だが、近年に入り保護対象とされてからは、彼らの生息する地域への立ち入りは禁止され、一部の研究者のみが彼らと接することを許されていた。
オズベリヒの説明で、マレーナはようやく思い出した。かなり昔に、生物図鑑で写真をみたことがあった。醜い生物という印象しかなく、興味が沸かなかったため、彼女は名前までは覚えていなかった。
それはいいとして、マレーナは疑問を覚えた。そんな生物を使って何を実験しようと言うのか。
「我々ユゲイアの研究者は、昔からドワモ・オーグを飼い慣らせないかを研究してきました」
「何のためにですか?」
「彼らの身体能力は人間を遥かに越えています。兵士として戦場で戦わせれば、敵にとっては驚異となるでしょう。言ってみれば生物兵器の開発です」
「……でも上手くいかなかった」
「はい。研究者や兵士に多くの犠牲者が出たそうです」
「愚かなことを――」
マレーナは呆れるように言い捨てた。オズベリヒの機嫌を損ねてしまったと思ったが、彼は全く意に介することなく続けた。
「その後、脳を手術する、あるいは遺伝子操作で、何とか彼らを意のままに操れないか、様々な研究を重ねたそうですがいずれも失敗に終わりました。私も同意します。無駄なことをしたものだと」
彼はマレーナの反応を窺うように言葉を区切る。彼女が何も言わずに聞き入っていることを確かめると、さらに続けた。
「ただひとつだけ、先人たちが行わなかった実験があります。計画自体は当時からあったそうなのですが、実行はされなかった。そこで、我々が行おうというわけです」
「その、ドワモ・オーグを使った実験をですか? 今からここで?」
思いも寄らぬ展開に、マレーナは驚きの表情を向けた。
「そのとおりです。ここの設備は素晴らしい。実験には最適です。実験体もすでに用意しています」
そう言うと、オズベリヒはテーブル上の操作パネルを操作し、
「被検体を運び入れろ」
マイクに向けて呼びかけた。
程なく窓の向こうの広い部屋の扉が開かれ、台車に載せられた大きな檻が運び込まれた。
「ドワモ・オーグの若いオスです」
オズベリヒが紹介した、ちょうどそのタイミングで、檻に照明が当てられた。
檻の中にうずくまる生物に、マレーナは目を見張った。
確かにシルエットは人間に酷似している。だが大きい。大柄な人間の男より、さらにふた周りほど大きい体格である。全身が筋肉質で、太い腕はいかにも力が強そうだ。脚も太く逞しい。ジャンプ力も人間の比では無いという。頭部は人間の面影は全くない。黒目がちの目に先端の尖った耳、上を向いた鼻、牙の覗いた口などから、豚やあるいは猪のような印象が強い。体毛は上半身は薄いが、下半身の腰回りは固く長い毛で覆われている。
檻の中の獣は、物珍しそうに当たりを観察している。この場所に慣れているのか、暴れる様子は見られなかった。
檻に当てられた照明が消えた。檻の中は再び薄暗くなり、生物は黒い固まりのようになった。彼を不用意に興奮させないための措置である。
「意外に大人しいでしょう? 彼はかなりの紳士なんですよ」
オズベリヒは含み笑いする。だがマレーナにはあの獣で何を実験するのか、見当が付かなかった。
「この実験は、彼ひとりでは実行できません」
その表情からマレーナの考えを読み取ったように、オズベリヒは説明を加える。
「もうひとりの被験者が必要です――おい、連れて来い」
オズベリヒは部屋に残ったもうひとりの従者に命じた。彼も一礼した後、部屋を出て行った。
(被験者? ドワモ・オーグのことは確か『被検体』と呼んでたはず……)
マレーナは呼び方の違いに違和感を覚えたが、大したことではないだろう、単なる言い間違いだと、すぐに納得した。
だが、それは言い間違いではなかった。
隣の部屋で、ドワモ・オーグの檻が運び込まれた扉と反対側の扉が開いた。そして医療用のベッドが運び込まれた。その上には人が、人間が寝かされている。女だ。その女の姿にマレーナは驚愕した。行方不明だったファニータである。
「ファニータッ!」
マレーナは立ち上がって窓へ駆け寄る。彼女の名を叫びながら何度も両手で窓を叩く。