代弁者-3
凌辱しかなかった監禁の日々に、弘恵の精神は擦り潰されていた。
ひたすらに許しを乞い、誰かが助けに来てくれるのを祈り続けていた。
そんな弘恵だが、この目の前の光景には心がざわついた。
あの血塗れの少女の次は、もう一人の少女が姦される。
これを「止めたい」と思わずにはいられなかった。
汗の滲む額には青筋が浮き上がり、嘲笑の雨に打たれる身体は、どうにか仰向けから俯せにまで姿勢を変えられた。
畳まれた脚に、長い髪に隠れた手。
窓の縁に蹲るアマガエルのような格好をした弘恵の背中は肌も露わで、黒革のボンデージのようなブラジャーの紐だけが背中を締めつけて横切っていた。
その背中がグッ…グッ…と反時計回りに回り出した。
俯せたはいいが、助けたいと願う少女に向かって弘恵は尻を向け、突っ伏すかたちとなっていたからだ。
「む"お"ッ!?」
いきなり弘恵の眼前に、グンッと前みごろが突き上げられたブリーフが突きつけられた。
逞しい太腿に割れた腹筋が浮いた腹部。
この犯罪集団を統べる鈴木という男が、少女への道を塞ぐようにしゃがみ込んできたのだ。
『カメみてえに這いつくばってんじゃねえよウサギさん。そんなにあのロリメスの顔が見てえのか?じゃあ……クククッ!見せてやるぜえ』
「……う"…ッ…む"…ッ!」
相変わらずの冷たい眼差しに戸惑う弘恵の目の前に、スゥ…ッとスマホの画面が差し出された。
その画面には白いYシャツとミニスカートの長い髪の美少女が、黒い髪を靡かせて元気にダンスをしていた。
『拉致って直ぐにお客様に『新鮮食材捕獲』のメールしたら、凄え数のレスポンスがあってなあ……松友麗世って名前じゃ出て来なかったが、教えてもらった通りに[reiyo.M]で検索したら、一発で出て来やがったぜえ』
それは有名な動画サイトに投稿されたダンス動画だった。
ショート動画の投稿など珍しくもないが、その少女のあげた動画の閲覧数やコメント数は、本物のアイドルに迫る勢いであった。
『なあ、SNSに顔を晒してんのに、お友達が電車の中で身体を触られたとかで痴漢に噛みつくなんて……クククッ!そりゃあ《危ねぇ》よなあ?逆恨みされてつけ狙われて、最悪の事態が起こるコトだって考えられるよなあ?』
「う"ッ!う"ぐぅ!」
インターネットが身近な時代である。
あまりにも気軽に使える事が、そこに潜む危険性に気づきにくくさせているのも事実。
『このコメント見てみろぉ。{れいタンキャワワ!}{スタイル良過ぎ問題大発生中!}……こんな頭のイカレた連中が世の中にゃあワラワラ居るんだ。なあ、余計な正義感を振り翳して変質者とか強姦魔に目ぇつけられたら、どんな酷い目に遭わされるか分かったもんじゃねえ。ま、そうなる前に《保護》出来たのはラッキーだったなあ』
「ッ…………!!」
肌が露出されている背中が、キシキシと音を発てて凍っていくのを弘恵は感じた。
部屋の温度と湿度を上げていく凶々しい昂りは、この空間だけに留まるものではない。
あの少女のDVDの完成を心待ちにし、郵送されるその時を、今や遅しと待ち侘びている異常者共が彼方此方(あちらこちら)で蠢いているのだ。
改めて戦慄する。
あの松友麗世という少女は既に、不特定多数の《淫欲》の視線の最中に居たのだ。
麗世のダンス動画を閲覧した者のうち、どれだけの割合の人数が綺麗な目≠ナ観ているのかなど分かりはしない。
しかもその中に、確実に男共が作るDVDの購入者が居たのだ。
不幸にも、そのDVDを作って売っている男共と接触してしまった。
決して交わるはずのないお客様≠ニいう呼称の《異常者》の前に、麗世は引き摺り出されてしまった。
それは圧倒的な人数であるだろうし、巨悪とも呼べよう。
弘恵の目には麗世の華奢な身体がより細く見え、小さく感じられた。
一人目の犠牲者の玉置そらのように、たった一度の凌辱で壊されてしまうと弘恵は思った。
いや、耐えきったとしても、男共は次の凌辱に走る……壊れてしまうまで、何度でも……。
(……助けなきゃ…ッ!あの娘だけは私がッッ!)
そう思って行動しようとした刹那、いきなり弘恵は後頭部を踏まれた。
立ち上がった鈴木の足であるのは明白。
生温かい素足がジャリジャリと頭髪を踏み躙り、頭皮を圧迫してくる。
(や…めてぇッ!やめッ…くッ苦…しッッ)
グイグイと顔面はマットレスに埋まり、ただでさえ満足ではない呼吸が更に難しくなる。
必死に両手をついて腕を伸ばそうとするが、そもそも首輪に手首を繋がれた状態なのだから、抵抗そのものが不可能であった。
『聞いてくれよお。麗世はキンタマと痴漢ヤローの《3P》見ただけで気絶したんだ……なあ、可哀想だろぉ?そこでだ、可愛いウサギさんが気持ち良さそうに3Pして見せてくれたら……クククッ!なあ、『頼む』よお……なあ〜?』
「ッッ!!!」
男共が何を考えてこんな格好をさせてあの部屋に放置し、何のためにこの場に引き摺り込んだのかを理解した。
唯と彩花の安危を気にかける風花を騙して脅し、快楽を貪る淫欲動物として生きるよう強いた《辱め》を、弘恵にも味わわせようというのだ。
「む"ッお"ッ!?ぶも"ぉ"ッ!」
鈴木という男が踏みつけたのを見て、他の男共も弘恵を囲んで踏んできた。
肩甲骨や背中、そして腰や尻……。
怪我を負わせるほど強くはないが、それは精神を圧して屈辱の力関係の認識を迫る、脅迫的行為の其れだ。
いつもそうだ。
誰かの暴力が引き鉄となって次の暴力を呼び込み、その興奮が〈性的〉という枕詞を連れてきてくっつける……。