亮との逢瀬、仕合せ―1-1
奈岐が自分でも止めることのできない行動がもちろん亮との逢瀬だった。奈岐は今しかない女盛りを思う存分に生きたかった、生きている証を感じたかった。亮とであれば安心して身を任せられる、自分を思いきり開放できる、と思った。女としての、奈岐の身体がそして経験が、まさに頂点を極めている、そういう自覚が奈岐の心と身体を焼き尽くそうとしていたのかもしれない。
亮は、奈岐のそういう願望を本能的に感じていた。それは生きる哀しみというか、哀れというもののようだった。だからこそ奈岐の今を心の底から愛おしく抱きしめてしまいたかった。
ただ、奈岐にはそんな魔性のような感じはまったくなかった。ふと近所の人が見かけても隣の可愛らしい奥さんとでもいうような親しみやすい様子が全体から感じられる本当に普通の女性だった。実際そういうところが亮をして心寄せさせる奈岐の本質的な女性としての朗らかさとでもいうべきもので、亮がいつも堪らなく好きな奈岐だった。
だから、性のことはもちろん男と女なのだから、とくにチャットというサイバー空間ではオープンにお互いを許し合い癒し合う最重要なものだけれど、そうではない人と人の情愛の触れ合いというものはもっと重要なものだということを亮はいつも意識していたし、そういう意味で奈岐に対する気持ちに偽りは無かった。
亮は奈岐をすでに愛していた。
そして都内の某所で週末の金曜日、お互い休暇をとって午前九時半に駅前のスターバックスで落ち合った。
亮はすでに奥の方の席でアイスコーヒーを飲んで待っていた。奈岐は十時ちょうどくらいにお店をのぞいて奥に亮らしき影を一瞥して晴れやかな気分になった。カウンターでアイスラテを注文し、しばし出来上がりを待った後亮のところへゆっくりと近付いていった。
亮はすぐそこに近づいてきて初めて奈岐のことに気付いた。
「やあ、おはよう」
奈岐はいつものように愛らしくにこっとして、
「りょうさん、おはよう」
と言った。その笑顔は女として奈岐のもっとも美しい表情だったかもしれない。心の清々しさと経験を積んだ肢体の艶めかしさがその表情の後ろに映しこまれていた。
亮はしばし奈岐を見つめ続けた。リアルに生で見る奈岐の美しさに吸い込まれた。眩しいほどに美しかった。
「なぎちゃん、ずっとこうやって逢いたかった。今日のお召し物もとっても似合ってて素敵だよ。きれいです」
奈岐は今日、亮に逢うために落ち着いた薄紫の花模様のワンピースを新調してきて来ていた。同色の布のベルトで絞っていて腰のくびれが綺麗に全体のスタイルをふくよかながら隠しきれない色気を魅せていた。
「りょうさん、最初から褒めすぎないで。今日はたっぷり楽しんでいきたいんだから」
「は、はは、はは―――(笑)、わかった、わかった。でももうぼく、なぎちゃんが眩しくってさあ」
「ふ、ふ、ふ、、、もうりょうさんたらあー」
ふたりは取り留めもない会話を続けた。チャットにない臨場感でお互いを見つめ合って他愛のない会話を続けることは二人にとって久しぶりの、それぞれ二十年、三十年単位での久しぶりの恋愛感覚をその胸に蘇らせていた。のっけから愉しかった。
30分ほどそうしてから、亮が、
「今日は、夕方六時くらいまでなのかな?」
「うん」
と奈岐が応え、
「じゃあ、あんまり飛ばし過ぎると疲れちゃうから、ゆっくりスタートしよう。すこしぶらぶらしない?」
「うん」
奈岐が安心して子どものように「うん」とだけ応えるのが可愛かった。