亮との逢瀬、仕合せ―1-2
今日の場所は奈岐の希望で下町っぽい気の置けない場所でということで選ばれた。お店が三々五々開き始める朝の庶民的な街中へ二人は出ていった。
お店を出て、左右を確かめて亮が、
「こっち方面へ行ってみようか?」
「うん」
「じゃあ」
と亮が言い、奈岐の手をとった。亮は久しぶりで妻以外の女性の手を握った。奈岐の手はすべすべと柔らかく握りながら感触を確かめるように亮は指をさすっていた。それは愛撫にも似て優しく、奈岐は少しうっとりとして来ていた。
その街はインバウンドで賑わう都内のダウンタウン、午前十時にはかなりのお店が開き始める。ブティックやソフトクリームやたい焼きなどのファーストフードなどはすでに外人が集まっていた。そんなこんなを眺めながら亮はときどき奈岐の方へ向き直って奈岐の可愛い顔を見つめ奈岐の手を味わっていた。奈岐も久しぶりの彼氏とのデートを愉しむように亮が笑顔を向けてくるたびににこっとして、ときどき手を繋いでいない片方の手で亮の腕を掴んで胸を押し付けたりしていた。それは亮にとって奈岐の愛を肌で感じるこれまでにない深い味わいだった。二人はこのままずっとこうしてゆっくりと歩いていたかった。
商店街を通り抜けるとベンチのある小さな公園があった。二人はそこにすわりしばし小休止した。
「なぎちゃん、少し疲れてない?大丈夫?」
「うん、大丈夫」
と言って奈岐は亮の方を見つめた。亮は通りから樹で目隠しになっていることを確認して、奈岐を見つめ返した。奈岐のくりくりとした少女のような目、そして綺麗な紅い唇は少し濡れて艶めいて色っぽく愉しいという気持ちが顔のそこここにあらわれていた。
ベンチでしばらく見つめ合っていたが、亮は奈岐の唇にキスしようと顔を近づけると奈岐は少女のように目をつむった。亮は奈岐の唇に唇を重ね、少し吸った。奈岐の唇は潤いに満ちて処女のように柔らかかった。
キスをした亮は奈岐への本当の愛を自分自身に確かめた。もっと二人で確かめたかった。時間は11時前だったので、
「なぎちゃん、早いけど、お昼を食べない?」
「うん」
「美味しいうどん屋さんがあるんだけど、それでいい?それとも何か食べたいものある?」
「りょうさんとなら、何でもいい。おうどんが食べたい」
奈岐はまたにこっとして亮の手を強く握り返した。
奈岐は亮のキスに酔ってしまっていた。恋する奈岐はもう亮に全てを任せたかった。熱く火照ってきた身体が言葉にならないくらい制御が聞かなくなっていた。それは女盛りが自分の女に全てを浸してしまうとき、女であれば一生に二回か三回だけ起きる大潮の時のようだった。
二人は、関西出汁の腰の強い讃岐うどんの店で天ざるを食べた。奈岐はお腹が空いていたようでとても美味しいと言って食べていた。
そして亮もうどんの大盛りをペロっと食べてひとまず満ち足りたあと、奈岐が食べ終わるのを待って小声で、
「なぎちゃん、つぎ二人っきりになれるとこ、行く?」
「えっ!?、、、、、、、、」
「行きたくないときは遠慮なく言ってね、ぼくは強要しない。でも、ぼくはなぎちゃんと二人っきりで過ごしたい、大好きななぎちゃんとだから」
「、、、、、」
奈岐はこの期に及んで心にもない返事をしてしまっていた。女性のもっとも天邪鬼な小悪魔性というのはこういうことを言うのかもしれない。奈岐はなぜか、心と裏腹に啓介のことが頭に次から次へと浮かんでは消えていた。
奈岐は、そのあとも亮に応えなかった。
お店を出てもう一度亮が手をとって歩き始めた。
亮は思った。奈岐にも最後の逡巡があるのだろう、それはそれでしょうがない。でも否定しなかったところを見れば心は同意しているに違いないと亮は見定めた。歩きながら奈岐の方を見て微笑んだ。奈岐は心持ち手を握り返したような気がした。
もう一度亮が奈岐を見つめて微笑んだ。数秒ののち奈岐は両の手を亮の腕に寄り添い胸を強く押しあててきた。その数秒が奈岐の最後の逡巡だったろう。