揺れる奈岐-2
このとき、亮はそれまで奈岐へ求め続けようと思っていた意志を多少挫かれてしまったのかもしれない。このチャットの後、亮は奈岐のことを当分考えないよう努めようと思った。そして時間をとろう、それがいい、時間が解決してくれることは多い。今回のことも大したことではない可能性がある。また屈託なく奈岐との時間を過ごせるのではないか。そう思った。ただ、いい機会だ、もう一度自分の胸に奈岐のことを問い直してみようと思った。
そう亮が思うほど、それほど、今回の奈岐の拒絶は強かった。
それからしばらく奈岐へメールすることをしなかった。一週間もメールを明けたことはなかったが、あれから、拒絶されたときからすでに十日ほどが過ぎていった。
この間、亮は幾度となく自分に寄せる奈岐の屈託のない微笑み、官能の喜び、絶頂の時の精液を欲しがるエロスを思い出していた。そのどれをとってもあの時の拒絶とそぐわなかった。でもあれが奈岐の本心なのかもしれなかった。
そう思うと、メールすることに二の足を踏んだ。このまま奈岐とは終わってしまうのだろうか、チャットとしては存分に楽しんだ、最高に愉しかった、だから、こんなに恋しく直接逢って気持ちを確かめ合いたい、そして肌を触れ合い愛を一層深めたいと思った、強く思っていた。
いつもは三日と空けずにくる亮からのメールが来ていなかった。寂しい気持ちがしていた。やっぱり強く言ってしまったことがいけなかったのかしら。奈岐に少し不安が芽生えていた。このまま亮とは逢えなくなってしまうのだろうか。チャットいうのは男性からはいつでも離れることが出来るのだったが女性から離れていくことは、男性側が来る以上はできない仕組みになっていた。奈岐は寂しかった。
ただ女性にとってチャットの面白みは、男性はたくさんいるということがある。この間にも奈岐のところにチャットに来てくれる男性がそれなりにいた。週に二、三回しかインしない奈岐にも亮以外に何人も来てくれる男性がいた。そういう意味で亮以外の素敵な男性をまた見つければいい、と言って割り切ることもできる。いっそ、そういうことにすれば直接逢う逢わないということをやり過ごすことはできる。もともとチャットとはそういうものではないかしら。奈岐はそう思うことで深刻に悩まないで済むようにしていた。
奈岐はしばらくそうしてやり過ごしていた。でも亮からのメールは来なかった。奈岐はやはり寂しかった。すでにあのときから十日が過ぎようとしていた。
何度も何度も行ったり来たりする奈岐の心の揺れは、やはり亮のことが忘れられないことを示していた。奈岐はそのことに気付いていたはずだったが、素直になれずにいたのかもしれない。
メールが来ないんなら、こちらから出してみればいい、奈岐はようやくそう思い始めていた。また逢ってチャットしたいと言えばいいだけじゃないのかしら。強い言葉で言ったことをことさらに言い繕うこともない、好きな人と一緒に過ごしたい、ただそれだけのこと。
「りょうさん
りょうさんのこといつも気になっています。
今日はとくに気になっちゃって、、、えへッ
りょうさん、元気に過ごしていますか?
体調悪くしてないですか?
りょうさんが元気でないとなぎも寂しい。
またりょうさんと楽しい時間を過ごしたいな。
もし良かったら返信ください。
りょうさんのなぎより 」
奈岐としては、「いつも気になっています」のところに気持ちを込めたつもりだった。もし亮が体調でも悪くしているのだったらと思い、気遣った文章を入れた。そして正直に逢って愉しい時間を過ごしたいこと、最後に「りょうさんのなぎ」と特別な表現で、気持ちを伝えたつもりだった。
ただ少し軽いノリ過ぎたかもしれないと奈岐は思ったが、もう後の祭り。しばらく待ってみるしかなかった。
メールを出したその日の夜には既読になっていた。よかった、読んでくれて。しかし、深夜の12時まで待ってみたが、その日に返信は来なかった。
次の日の夜、返信はまだ来ていない。今日は12時まで待つのは止めよう。明日も仕事なので11時には床につくようにしよう。