《魔王のウツワ》-2
さらに…
『お父さんは今、何してるの?』
『そうねぇ…高い塀があるところで必死にお仕事してるか…東京湾でお魚と泳いでるかも♪』
うちの母親は、軽くネジが飛んでいた…
「うっちゃ〜ん♪」
遠い目で過去を振り返っていたところ、背後からフランクな声が聞こえた。
見れば、糸目の男が手をブンブンと振りながら駆けてくる。
「ぁあ?」
その低めの声に周りの人間達は固まり、そして一気に走っていった。
無論、始業時間が迫ったわけではない…
「…そ、そないに怒らんでもええやん…鬱輪…
わいのお茶目な冗談やんか…」
俺は別に怒ってなどいない。俺は少し人と話すのが苦手な為、これが標準なのだ。
「何の用だ…ナナスケ」
「シチノスケ!!」
このテンションの高い関西人は『神足 七之丞』。神足と書いてコウタリと読む。
同級生で、俺の唯一の友でもある。
問題児だが…
「もう何…朝っぱらから機嫌悪いねん…
ほら、もっと愛想よーせなあかんで♪わいみたいに♪」
七之丞は人差し指を立てると自分の口許を吊り上げた。
「ほら、にーて♪にー♪そないな仏頂面やと女の子にモテへんで♪」
「…で、今回は何やらかした?」
その言葉に七之丞の顔色が変わった。
「…二股がバレた…」
「…そっか、頑張れ」
どうしようもないと思ってさっさと歩き出す。
「ちょい待ち!自分、わいを見捨てるんか?親友のわいを見捨てるんか?」
「悪友の間違えだろ」
「頼むでェ…魔王さま」
魔王というのは俺の不名誉な称号である。
昔からこの目付きのせいでいろんな事に巻き込まれてきた。
その為、いつの間にか喧嘩が強くなり、名字に掛けて、魔王などという渾名が授けられたのだ。
広めたのは言うまでもなくこの男。
「ええやんかァ…わいと自分の仲やんかァ…」
「嫌だ」
この前も族同士の抗争に巻き込まれたコイツのせいで散々な目に遭った。
「お願いやァ…その族のヘッド二人を叩き潰した眼光と力があれば、簡単に終わる話やん…」
「断る」
「…なら…しゃーないなァ…」
そう言うと七之丞は俺の前に躍り出て、その長い手足を構えた。
「ならば…わいの屍を乗り越え…」
「退け」
「ガフッ!!」
左手で七之丞の顔面を振り払った。見事に決まった裏拳により、七之丞は地面と熱い抱擁を交わしたまま動かない。