悔恨そして決意-5
怡君さんが居住まいを正す。
「お兄ちゃんごめんね、私、お兄ちゃんがあんまり荒れてて、ずっとしのちゃんの名前を呼んでいるから、しのちゃんになにかあったのかと思ってさおりさんに連絡したの。そしたらしのちゃんがお兄ちゃんとの電話のときに様子がおかしかった、って。さおりさん、お兄ちゃんが寂しい思いしているんじゃないかって気にしてたよ」
三毛猫が怡君さんの膝からオーク材のフローリングに飛び降り、壁際に置かれている猫用給水器から水を飲み、俺の顔を見てにゃあ、とひとつ鳴いた。
「……俺が、悪いんです。しのちゃんに電話する約束、二度もすっぽかしたから……」
持っているコーヒーカップが震える。
「しのちゃん、俺に『さよなら』って言ったんです。目も合わせてくれなかったし、俺、もう、俺……」
怡君さんの両手が伸び、コーヒーカップを俺の手からそっと離して傍らのテーブルに置いた。その両手がもう一度俺の右手に伸び、わななく右手をやさしく包む。その、怡君さんの手の甲に、俺の頤を伝った涙がぽとり、と落ちる。
「しっかりしなよ、お兄ちゃん」
怡君さんが俺の右手を軽く揺さぶる。柔らかいけれど、きっぱりとした声。
「先生にも相談したの、しのちゃんはどうしてそんな態度をとったりそんなことを言ったりしたんだろう、って。そしたらね、一種の不安障害みたいなものなんじゃないか、って。お兄ちゃんと物理的に離れたりして甘えたいときに甘えられなくって、この状態が長く続くんじゃないかと不安になって、それに耐えきれなくなって思ってもない言葉や本心じゃない態度が表れることがあるんだって。しのちゃんはきっとその状態なんだろう、って言ってた」
怡君さんの言葉がひとつひとつ胸に迫る。俺、なにをやってたんだ。麻衣ちゃんたちとのことに浮かれて、しのちゃんと関係ないことで疲弊して、ろくにフォローもしないで、それでなにが「こいびと」だそれも18歳も年上で。あげく自分でそれを解決できないで酒と怡君さんに甘えて。
「俺……俺……ほんとどうしようも……」
「泣いてたってなんにも解決しないよ」
ぴしゃ、と怡君さんが言った。俺の右手を包む両手に力が籠もる。
「遠距離恋愛になっちゃったんだから、ましてお兄ちゃんがずっと年上なんだから、しのちゃんが寂しくなったりならないように、お兄ちゃんがもっとアクションしなきゃだめだよ。しのちゃん、まだ小学生なんだよ。大人の女性みたいに人生経験ないんだから、自分ではどうしようもないことだらけなの。そこを大人が、年上の人が、しっかりリードしていろんなこと先回りして、しのちゃんが転んだり道に迷ったりしないように導いてあげなきゃいけないの。エネルギー使うよ大変だよ、でも」
怡君さんが左手だけを俺の手から離して、ぱん、とひとつ俺の手の甲を叩く。
「それが、子供と、すっごい年下の女の子とつきあうときに大事なことなの」