悔恨そして決意-3
思わず右頬に手をやった。
「あ、いや…体調は別に悪くない、よ、うん。大丈夫大丈夫」
無理に作った笑顔がひきつっているのが手のひら越しにわかる。
琴美がカウンターの中に入ってきた。俺の正面に立ち、右手を伸ばして俺の額、そして首筋に這わせる。
「まあ確かに熱はない、ね…カウンター、しんどかったらあたし代わるよ」
琴美にしちゃやさしいな。そう言おうとして口ごもった。軽口を叩く気分になれないってのもあるけど、琴美が本気で心配してくれているのがわかったからだ。それだけシリアスな顔してるのか、俺。
「うん、わかった。ありがとう。もしキツかったらお願いするかも」
琴美がうなずいた。
「遠慮しないでね。たまにはさ、あたしを頼ってよ。たった二人の同期じゃん」
そう言って琴美はやさしく笑った。
どうにかこうにか滞りなく作業を終わらせ、気力を振り絞ってチェックイン業務をこなし、ミスなく出発機を見送る。
お疲れさん、休憩まだだったろ。支店長にそう言われてはじめて昼飯を食っていないことに気づく。正直、腹はさほど減ってはいないのだけれど多少はなにかを入れておかないとただでさえ働いていない頭がさらに鈍る。取り返しのつかないミスだけはしたくない。
働いていない頭、というか、なにをやってもしのちゃんのことばかり考えてしまう。ゆうべの、俺と目線を合わさず、他人行儀な言葉しか発しなかったしのちゃん。ここで見送ったときも、寂しさと不安から最後まで笑顔を見せなかったしのちゃん。笑顔のしのちゃんは、今の俺の精神状態に連動してか浮かんでこない。
今日は弁当も用意してきていない。コンビニで完全メシとかいう触れ込みのパンとエメラルドマウンテンブレンドを買い、展望デッキに出てベンチに座る。南南西の風が弱く吹く中で小さくため息をつき、なんの味だかよくわからないパンをかじる。
ターミナルにつながるドアが開く音がした。足音が近づいてくる。顔を上げると、はにかむような笑顔の麻衣ちゃんが立っていた。朝礼のときにはいなかったけど、そうか、今日は午前中は授業がある日だから途中から来ていたのか。
「あの……こないだは、ありがとうございました」
そう言って麻衣ちゃんが、ぴょこ、と頭を下げる。
「あ、ああ……」
「幸恵も、恥ずかしかったけど、でも、私達でその……」
麻衣ちゃんは一瞬うつむいた。
「……男の人が、ああいう反応してくれて、なんていうか嬉しかった、って言ってました」
麻衣ちゃんの頬があのときのように赤く染まっている。
「私達、がんばります。がんばって彼氏つくって、そして……」
えへ、と笑いながら息を継ぐ。
「彼氏と、いっぱいエッチなこともしようね、って、幸恵と誓いあいました」
気の利いた返事が思い浮かばず、曖昧な笑顔を作る。いつもの俺ならここであの日の麻衣ちゃんと幸恵ちゃんの痴態を思い出して勃起しているところなんだろうけれど、精神状態がよくないからか一酸化窒素が放出されない。
硬い笑顔を見せたまま黙っている俺に、麻衣ちゃんはちょっと小首をかしげ、いたずらっぽい笑顔を見せた。そして、ちら、と後ろを振り向いてドアのほうを見て、向き直るとベンチに腰掛けている俺のそばで中腰になった。麻衣ちゃんの顔が、俺の顔の真横に来る。
「……おちんちん見ちゃうと、気になっちゃうんですね」