気付いた想い-2
練習が終わった後、あたしは千鶴に肩を叩かれた。
『千鶴?』
千鶴は彼女らしくなくうつむいたままでいた。
『ごめん。彩夏。明日の試合、スタメンから外れてくれる?』
『えっ?ちょっと千鶴待ってよ。どういうこと?』
あたしの問いを聞いても千鶴は決してあたしの目を見ることなく言う。
『言葉の通りよ。彩夏は明日ベンチから。スタメンには奈津美ちゃんを使うから。』
そう言って千鶴は立ち去っていった。その背中からもう一度ごめんと言っているようだった。
あたしは千鶴にこうでもされないと自分の間違いに気付かない愚か者だ。
あたしは自分で自分をごまかしていた。すべての気持ちをうやむやにして、試合に集中できず、ミスをした。
千鶴には試合の中で頑張りを見せてあげようって思っていたのに。結局は彼女を裏切っていた。
『ごめんはあたしの方だよ。千鶴』
彼女はもう声の届かないところにいると知りながらもあたしはそれを声にする。
『彩夏センパイ。』
後輩の奈津美ちゃんに呼ばれたのはその日の夜のことだった。
今夜ばかりは自由時間があって、こうしてあたしは奈津美ちゃんと旅館のロビーにいることなった。
『奈津美ちゃんは部屋に行かなくてもいいの?』
彼女はいつもと変わらない笑顔で答えてくれる。
『あっ。はい。みんなにはセンパイに会いに行くって言いましたから。』
奈津美ちゃんの髪からほのかな芳香をあたしは感じた。宿泊中のこの旅館には備え付けのシャンプーもあるのだが、たいていの子はトラベルセットを持ち。お気に入りのシャンプーを使う。あたしは彼女の髪が好きだった。
彼女がいるロビーの窓からは外の暗い景色が見える。そんな外の様子を見ていたのだろうか。どこかもの寂しげな彼女の表情。あたしも一緒かしら。
そんな彼女の隣に座り、あたしたちはしばらく黙っていてただ外を見ていた。
どれほどの時が経ったのだろうか。それはほんの数秒かも知れないし、数分かも知れない。そんな沈黙を先に破ったのは奈津美ちゃんだった。
『ひとつ聞いてもいいですか?』
あたしは答える。
『ええ。あたしに答えられることなら何でもどうぞ』
『その、センパイは今、好きな人っていますか?』
さっきまで俯きがちだった彼女は急に顔をあげていた。迷いのない瞳。何かを決心でもしたのだろうか。
『どうしたの、急に!?あたし?あたしはいないよ』
『嘘です』
奈津美ちゃんはもっと強くあたしの目を見通していた。
『そんな。嘘だなんて。』 あたしは手を横に振った。否定の意を示した。
あたしはそんな奈津美ちゃんの目があまりにも強くて直視する事ができずにいた。なぜだろう。
『じゃあ。センパイ。今日はどうしてそんなに淋しそうなんですか。いつものように元気で明るく振る舞っている様ですけど、あたしには分かります』
『あたしが淋しい?』
あたしは奈津美ちゃんに尋ねた。
『気付いていないんですか。それとも、気付かないふりをしていたんですか?』
彼女はそう言うと、席をたつ。
『すみません、センパイ。あたし、生意気なこと言って。でも、今のセンパイを見ていたらいてもたってもいられなかったから。』
奈津美ちゃんは更に何か言おうとしたが、口に飲み込む。
あたしはただ頷くしかなかった。
『じゃあ、あたし部屋に戻りますね。お休みなさい』 そして彼女はあたしを残して立ち去った。