第七章 約束-3
啓介はその理由を知っていた。
昨日は前から恵がクドイ位に息子の武に言っていた、結婚記念日であった。
気をきかせたつもりで啓介は出かけていたのである。
夜遅く家に帰って寝床について暫らくすると、車の音に目が覚めた。
それから微かに息子達の口論する声が聞こえていた。
さすがに気の毒に思って嫁の顔を見る事が出来ず、朝食も取らずに出かけていたのだ。
「何・・・しているんですか?」
オズオズと恵が聞いた。
土砂降りの雨が何故か素直に声を出させてくれる。
啓介も自然に口元を綻ばすと、この頃徐々に使い慣れた優しい口調で答えた。
「ああ・・・。
カタツムリが・・・な」
義父の言葉に雨の中、目を凝らすと垣根の葉の上にカタツムリが一匹いた。
恵がいぶかしげに目を向けると、照れくさそうに義父は言った。
「買いもんから帰ってきたらな・・・。
垣根の下からコイツが
道路のとこに這って行きよんねん。
車にでも潰されたら可哀想や思てなぁ」
意外な義父の言葉に、つい声が出た。
「へぇー、優しい・・・ん、ですね?」
「アホッ。そ、そんなんや無い・・・」
啓介は顔を真っ赤にすると、恵の背中を押し出すように玄関に向かった。