第一章 二世帯住宅(画像付) -3
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『ねぇ・・・何とかならないの?』
恵は何時もと同じように慌しくネクタイを結ぶ夫の武に、これも日課になっているセリフと例の眉をひそめる表情を向けた。
美しい眼差しが一瞬、崩れる様は何とも言えない不思議な色香を伴っていて嫌いでは無いのだが、武にしてもこう毎日続けられると、さすがにウンザリしていた。
『解かった、解かった。
又、オヤジの事だろ?
いいじゃないか・・・タバコの一本や二本。
この家はオヤジの金で買ったんだから。
恵も少しは我慢しろよ・・・』
そうなのだ。
これほど広い家を夫の給料で買える訳は無い。
武の父、啓介が全額を現金で払ったのだ。
こう言われると恵には返す言葉も無く、仕方なく別の話題に変えようと無理に笑顔を作るのだが、それを無視して夫は面倒くさそうに言葉を残して出ていった。
『まぁ、その内にオヤジに言ってやるよ。
あと、今夜も接待で遅くなるから夕飯は要らない。
・・・じゃあ、行ってくる』
玄関に取り残された恵の心はひどく寒々と感じた。
恵は自分の身体を抱くように身震いした。
いつからだろうか。
「お出かけのキス」も無く、仕事に出ていくようになったのは。
新婚当時は時を惜しむように恵の唇を味わってくれた夫であるのに。
自分が悪いのであろうか。
いや、どちらのせいとかの問題では無い。
こうして日々が、グラデーションをかけて色褪せていくのであろう。
恵はふと、そう思うのだった。