迷走〜承〜-1
雨が降っていた。強く強く、俺の罪を洗い流すかのように激しく…
「けっ」
俺は悪態をついた。思った以上に妹は重かったのだ。
だが、悪態をつく理由はそれだけではない。
「午前3時半か」
それは終電がとっくに終わっている時刻だった。
つまり移動手段は車のみとなるが、もちろん車の免許など持っているわけがない。
そうなると手段はただ一つ…
俺は車の通りの皆無な道路に手を挙げた。
俺はついている。
あの時間、あのような場所でタクシーが捕まるとはなかなかあるもんじゃない。
「にしてもお客さんも物好きですねぇ。こんな時間から奥多摩に登山ですものね」
酷く上機嫌に運転手は話しかけてきた。
おそらく酒でも飲んでいるのだろう、ミラー越しに映る顔はほのかに赤らんでいた。
運転手は青年というには少し老けて見えるが、中年にしては若く見えてしまうような年齢だった。
「かくいう私もね、大学時代は登山部に入っていましてね…」
なんということもないごく普通の話が長々と運転手の口から話される。
もちろんそんな話に耳を傾ける気はさらさらない。俺は退屈しのぎに窓に目をやった。
視界は完全に雨によって遮られていた。こうも強く雨が降ると埋めに行くのも容易じゃないだろう。
「明日の天気はわかるか?」
「雨ですよ。こんな調子で一日中降り続けますよ」
話を途中で中断させられ、運転手は少し不機嫌そうに答えた。
「それでこの前南アルプスに登りに行った時…」
中断された話は即座に再開された。運転手は奥多摩に着くまでエンドレスで喋り続けるつもりらしい。
目を閉じてしばらくすると突然BGMが止んだ。
「どうかしたか?」
運転手は俺の声を聞き、ミラー越しに視線を合わせた。
「ん?どうもしてませんよ」
「そうか」
客が寝たから話を止めた、ただそれだけのことだった。
「それはそうとお客さん?」
運転手は俺が目を開けたら聞く事を考えていたように、言った。
「ん?」
「失礼ですが、もしかして…」
運転手はそこで一度言葉を切った。
どうやらこの雨の中、深夜三時に旅行カバンを持ち登山に行く者が普通じゃないと、
さすがにこの運転手も気づいたらしい。
「山に何かを捨てに行くつもりじゃありませんか?」
「まあそんなとこだ」
爽やかな解答。言い逃れるだけ見苦しくなると俺はわかっていた。
「そうですか」
あまり興味もなさそうに運転手は言った。
「通報するか?」
俺の言葉を聞き、チラリとミラー越しに俺を見る。
それから急に運転手は吹き出した。
「するわけないでしょう」
「何で?」
「何でって、おかしなことを聞くもんですね」
それもそうだ。