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きゅっ。
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きゅっ。 〜T〜-1

あたしは目が見えません。産まれた時から治療法も無く、ずっとこのまま。産まれてから一度も“世界”をこの目で見たことはありません。空の清々しい青も空の夜の顔も、父や母やあたしのまわりにいてくれる皆の顔も、この世に存在する総てをこの目で見たことはありません。

空が晴れてる時のいい匂いや今にも雨が降りそうな匂い、食物のおいしそうな匂いは嗅覚で楽しむことはできても。

視覚が働かないから、代わりと言っちゃなんだけど、聴覚や嗅覚は敏感みたい。他人があたしを蔑む声なんかも嫌でも聞こえてしまうから。
言葉だけでなく、声色でもあたしをどんなふうに見ているのかはわかる。微妙に緊張してるかんじとか、表面上は取り繕ってるけどあたしと話すのは嫌そうな声とか。


「おはよ」
学校へと続く道へと白杖で障害物が無いか、探りながら歩いている美咲の後ろから親友の香織の声が聞こえた。
「おはよ。ど〜した?昨日何かあったの?」
自分では一生見ることのできない、最高の笑顔を向けて、挨拶の後に疑問を添える。
香織が頭をポリポリと掻いているだろう音と、周りの音とが共に美咲の耳に届く。
「…あ〜。やっぱり美咲は鋭いなぁ。明るく振る舞ったつもりだったのに。」
「あたしの耳は何でも察知するんだから。話してみて?」
「…実はさ、美咲に会いたいって人がいるんだ。」
「あたしに!?」
悩み事か何かかと想像していたばかりに素っ頓狂な声をあげる。
「彼氏が友達に、色々美咲のこと話してたみたいで、その友達が会ってみたいって」
変なことを聞かされたんだろうか?不快そうな思いを隠して言う。
「何を聞いたんだろうね?いいよ、会っても。こんなあたしでよければ。」
と、指で自分を指しながら香織に笑顔を向ける。
「こんなあたしでよければ、なんて言わないでよ。」「ごめんごめん、でもなかなかいないよ?あたしに会いたいなんて言ってくれる人は。」
挨拶をかわしあう生徒の声がたくさん聞こえてくるようになった。学校まではもうすぐだ。


場所は変わって、美咲の通う高校から2駅離れた男子高校。
「香織、美咲ちゃんに話つけてくれたみたいだぜ、凌!」
吉報を嬉しそうに凌に伝えるのは香織の彼氏である、啓斗。
「早っ!!昨日だよな?俺が啓斗に相談したの。」
今にも椅子ごと後ろへひっくり返りそうな程驚きを隠せない凌。
「まぁまぁ、で?今日の放課後あいてるか?」
凌の驚きは意に介さないといった風に啓斗は聞く。満面の笑みで。
「き…今日?!」
「なんだ?何か予定あんのかよ〜?」
せっかくいい話を持ってきたっていうのに、と言わんばかりの膨れっ面をする啓斗。
「予定は無いけど、心の準備ってもんが…」
その後も何やらブツブツ言ってる凌を尻目に香織にメールを送信する啓斗。
「おっおい!?今誰にメールしたんだよ?」


『こっちも放課後OKで〜す!美咲ちゃんによろしく。』
携帯であろう機械をポチポチいじって黙っている香織に美咲は問う。
「香織?啓斗さんなんて?」
「OKってさ。」
Vサインの代わりに美咲の手をぎゅっと握る。
「放課後楽しみだね」
不安と期待が渦巻く中、4人はそれぞれ放課後を待つ。


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