生態観察(三)-1
今朝、目覚めて、いつものようにスマホを手にする。沙莉のストーリーズが更新されているので、クリックした。「みっなさーん!おはようございます!19時からライブやりますよー!」下にライブのテロップが表示されている。これは、観ておきたい。アラームを18時50分にセットした。「ピポピポ♪」LINUのメッセージが来た。「おはようございます!朝からすいません!」「今夜19時にライブやるので、是非観てください!パー君も出ますから!」「必ず観るよ。」と返した。
あれからベタの飼育に関する質問をLINUでやり取りするようになった。よほど可愛いのだろう。ベタのパー君の写真が毎日のように送られてくる。今日は機嫌がいいとか、ちょっとヘコんでいるとか、ベタに表情は無いのだが、鰭の動きや口の動きで何となくわかるのだろう。
19時になりパソコンからライブ配信を繋ぐ。「こんばんは〜!中山沙莉です!サリーと呼んでね!」たっぷりの笑顔の裏に緊張感が見える。視聴者からのコメントが画面の左側に表示されていく。「可愛い!」「きれー!」「美人!」などほめ言葉の連続だ。「皆さん、ありがとうございます!」「えーっと、今日出演頂くのは、こちら!ベタのパー君です!」「ほら顔を近づけると…。」ベタが興奮して口を開け鰓を拡げている。背鰭を立て体を左右に激しく動かしている。威嚇とよく似ているが、行ったり来たりしないので、好奇心からなのだろう。「じゃ、今から晩御飯あげるから観てくださいねー!」「よいしょ。」画面が少し上向きになった。「今日は、ご馳走ね!乾燥ミジンコでーす。」「この位かな?」蓋に取り出した。ベタが水面から上を向いて、体を左右に揺らして激しく泳いでいる。「じゃ、パラパラー。」夢中で餌を食べるパー君を見て「ほらほら、見てー!パー君可愛いでしょ!」視聴者からのコメントに「パー君?」が連続で上がって来た。「変ですかー?」視聴者とのやり取りが始まる。質問責め状態で回答が追いつかないようだ。実家では猫を飼っていたが、一人暮らしになってからは、パー君が初めてのペットのようだ。熱帯魚を飼うのも初めてで、お店の方に色々とお世話になってますという話に嬉しくなった。店名は出なかったが、かなり褒めちぎって貰った。
放送終了後、初めてこちらからLINUのメッセージを送った。クマノミがグーしているスタンプだけだが。「視聴ありがとうございました!またパー君に出演してもらいますね。」と返ってきた。スタンプだけ送ったのに、言葉が返ってくるということは、好意的と考えてよいだろう。知人から友人へと昇格するチャンスだ。獲物への距離が近付いている。狭所に追い込んで、弄ぶには逃げ道を塞がなければならない。または逃げられないように繫ぐ鎖が必要だ。その鍵がSC3とあのフォルダー内にあるはずだ。何かヒントはないだろうか?
また、メッセージが来た。「明日、お昼頃にお店に行ってもいいですか?」「はーい、待ってまーす!」とだけ返した。
「こんにちは〜!」張りのある明るい声が響いた。花柄のノースリーブのひらひらしたミニワンピースを来た沙莉が立っている。「はい!こんにちは!今日は、どうしたの?」「あのお魚観に来ちゃいました!」「あーあれね。随分、気に入ってるね!」「お仕事頑張って引越資金出来たら、ディスカスを飼ってみたいなって。」「世話大変だよ〜!」「菰田さんが教えてくれるから、多分大丈夫ですよ!」「お昼は?」「まだですけど。」「ちょっと走ったとこに美味い蕎麦屋があるんだけど、冷たい蕎麦とかは?」「いーですね!お供させて下さい。」一緒に食事をするのは、友人になるきっかけになりやすい。シンプルだが、大きなチャンスでもある。まずはランチから、記念日に夕食を一緒出来たら、ほぼ追い込み成功だ。
店のロゴが大きく入った軽バンに乗って住宅街を走る。「パパラッチとか大丈夫なの?」「まだ、全然有名じゃないから、街中普通に歩いていても、声かけられるのはスカウトばっかりですよ。フフフ。」「ナンパとかは?」「ありますけど、もう無視ですね!」「へー、やっぱり多いよねー!」「この前、面白い人いましたよ!声かけられて無視してたら付いてきて、落としましたよー!って言うから立ち止まったら、僕のハートって!」「もうビックリして笑っちゃいました!アハハ。」「上手いねぇ!で、付いて行ったの?」「行きません!軽い人嫌いなんで。」
他愛もない会話をしながら、蕎麦屋に着いた。手打ちの十割蕎麦が有名な店だ。「えーっと、お二人様ですか?カウンターでもいいですかね?」これは、願ってもない!使い込まれた木造りのカウンターに並んで座った。沙莉は、最初の頃と違って慣れてくると、すごくお喋りさんに変身した。ベタのパー君の友達を作りたいというが、ベタは交尾期以外は異性でもケンカし合う。縄張り意識も強く、他の魚との共存は難しいだろう。
カウンターに蕎麦と丼のセットが来た。「仕事はどう?忙しい?」「地方局と雑誌のモデルばかりなんで、まだあんまりですねー!」「インフルエンサーのほうは?」「広告みたいなものなんで、色々と無料にして頂いたりしてありがたいんですけど、収入には繋がりにくいです。近々、ブイチューブ始めようと思ってます。」「メディアに出るとなると、身だしなみとかお金かかるもんね。」蕎麦を啜りながら会話は続いていく。