ラバーン王国のプリンセス-5
4
城の中心部である塔を、四人は最年長のグレンナを先頭に昇っていた。エレベーターが設置されていたが、不測の事態に備え、彼女らは非常時用の階段を使った。
そして国王夫妻と王女マレーナの私室のあるフロアに到着した。
グレンナが扉をそっと開いてフロア内を見回す。安全を確認した彼女の合図で、四人は廊下に出た。そこは不自然なくらい静まり返っていた。
「まずはお父様たちの部屋へ」
マレーナは先頭のグレンナに小声で耳打ちする。振り向き、声もなくただ頷くグレンナ。四人は周囲の気配に注意を払いながら歩を進めた。
塔内部の回廊を、足音を立てぬようゆっくりと歩く。回廊の床や壁には、所々に弾痕や血の飛び散った跡があり、何体かの死体が横たわっていた。死体は見慣れない敵兵士のほか、近衛兵の物もあった。
いつの間にこんな戦いがあったのか――マレーナは一瞬疑問に思ったが、すぐに理解した。王族の私室のあるこの塔は、外部からの攻撃を想定して特に頑丈に造られている。当然、防音も高い効果を有していた。銃の発砲音などはほとんど外へ漏れなかったのである。
(ウェンツェル……)
マレーナは先に両親の元へ向かったはずの、近衛隊長である婚約者の安否が気になった。だが死体の中に彼の姿は見えなかった。
(わたしたちのことはもういいから、せめてあなただけでも自分の国へ逃げ帰って)
ウェンツェルは本来、同盟国ノルドゼイユの王族である。
(こんなことになるのなら、もっと彼と話し合えばよかった。……ウェンツェルに、あなたに会いたい)
マレーナはこの状況になって、初めて自分が彼に好意を寄せていることを自覚した。
やがて四人は国王夫妻の私室の前へやってきた。単純に国王の私室と言っても、執務室と寝室、それに専用の浴室と手洗いもあることから、廊下には四つの扉が並んでいる。娘のマレーナは当然、どの扉が何の部屋であるかは把握していた。彼女は無言で手近の扉を指さした。金属のプレートには『寝室』の刻印があった。三人の侍女が頷くと、マレーナはドアノブをゆっくりと押し開いた。鍵は掛かっていなかった。窓のカーテンが開いているのか、照明は点いていないようだったが、まだ陽が高いため日光の明かりが室内を明るく照らしていた。
人ひとりが通れるまで扉を開き、マレーナが室内に足を踏み入れた――その直後だ。
何者かにより、室内側から扉が完全に開かれた。マレーナは何が起きたのか、にわかには理解できなかった。
すると、室内から扉を開いた人物が四人の前に姿を現した。見たこともない……いやどこかで見たような男だった。顎から頬にかけて髭を蓄えており、着衣は上等な物に見受けられた。彼は四人を舐め回すように見ると、先頭に立つ王女に向かって口を開いた。
「これはこれは姫君、お目にかかれて光栄です」
ニヤニヤと口元に品のない笑みを浮かべながら男は言う。
「あなたは何者ですか? 父と母はどこです。答えなさい」
本当は逃げ出したいほど怯えていたマレーナだが、一国の王女である立場を崩すことなく、気丈な態度で振る舞った。部屋の入口付近から室内の奥を隅々まで見回すが、両親の姿はない。
「まあまあ落ち着いて。こんなところで立ち話もなんですから、こちらへどうぞ」
と言いながら男は右腕を室内に向けて伸ばした。王女は室内へ進むが、侍女たちはその場に留まる。指示もないままに、勝手に主の部屋へ立ち入ることは、使用人としては許されることではないからだ。
「構いません。あなたたちも入って」
こんな時まで愚直に決まりごとに従う三人の侍女たちに、どこか心強さを感じながら、マレーナは声を掛けた。
男の視線から逃れるように、三人も部屋の中央へ移動し、そして仕える主の背後に控えた。すぐ側には革張りのソファーセットと、豪華な装飾がされた天蓋付きのベッドが二つ並んでいる。
男は開かれた扉の外をチラっと目配せする。すると、今までどこに潜んでいたのか、銃や剣で武装した男たちが五人現れ、バタバタと部屋に入ってきた。いかにも『兵隊』という格好をしている彼らは、男を守るように周囲に陣取った。
しかし、王女は怯むことなく男に向かい、あらためて同じ質問を繰り返した。
「もう一度訊きます。父と母はどこです」
「ここにはおりません。私どもがお連れ致しました」
室内をゆっくりと歩き回りながら、男は答える。
「どこへですか?」
王女は眉根を寄せて、再度質問をぶつける。だが彼は
「それは申し上げかねます」
天井に目を向けて言い放つ。
「では質問を変えます」
「どうぞ?」
男は薄笑いで余裕の目を向ける。
「なぜこんなことをするのですか? ラバーン国王の居城に対し武器を以て襲うなど、反逆行為も甚だしい。そもそもあなたは何者なの!」
王女も最初は冷静さを装っていたが、徐々に激昂したのか、言葉の最後はかなり語気が強かった。
「ユゲイア王国。小さい国ですが、姫君なら名前くらいはご存知でしょう?」
「え、ええ。存じ上げてます」
「私はそこの摂政(せっしょう)を務めている者です。名前はオズベリヒ・ブリューゲルと申します」
「摂政? 国王ではない者が、国王に成り代わり権限を代行しているということですよね?」
マレーナは訝(いぶか)しむ表情で男を見た。
「はい。我がユゲイア王国はつい二か月ほど前に国王が亡くなりました。すでにご存知かと思いますが」
「ええ、両親とわたしは国葬に参りました」
そうか、あの時か――この男に見覚えがあった理由が判明し、マレーナは溜飲が下がった。