ラバーン王国のプリンセス-4
3
マレーナは侍女三人に守られながら居城の裏門をくぐり、無事に城内へ戻ることが出来た。城内では何人もの従事者が、慌ただしく行き来している。
「姫様、ご無事で」
年配の使用人が足を止めて最敬礼する。
「何があったの?」
「分かりません。街の方は大騒ぎのようですが……」
そんなやり取りをしていると、外の方からバリバリと地響きのような音が聞こえてきた。
マレーナは窓に駆け寄り、空を見上げた。巨大なプロペラを回転させることで浮遊する黒い乗物(ヘリコプターに近い航空機)が三機、上空からホバリングしながらゆっくりと降下してくるところだった。多くの兵士を長距離移動させるための軍用の輸送機である。現在の平和なメダイユ連邦の国々では、近年ほとんど利用されなくなった代物だ。
「何であんなものがこの城に? どこから来た何者なの?」
誰に訊くともなく、マレーナは口走る。
空を飛ぶ黒い乗物の行方を目で追うと、それらは城の敷地内の広大な庭園に着地した。と同時に鉄の扉が開き、中から剣や銃で武装した屈強の男たちが数十人単位で降りてきた。彼らの内の一部は、一目散に城中央の建物へと向かう。
――敵だ。
マレーナは直感した。でも何故? この惑星(ほし)では、長く続いた戦争がとっくの昔に終わり、それ以来どこの国でも争いごとは全くなかったはずである。いや、今はそんなことは二の次だ。
「お父様たちが……」
今のマレーナにとっては、両親の安否が心配でならなかった。胸騒ぎが収まらなかった。
(あの者たちはきっと、国王である父の元へ向かう)
そう頭で考えるよりも先に、身体がいち早く動いていた。両親と自分の私室のある、城内で最も高い塔に足が向かっていた。
「姫様、そっちは危険です!」
グレンナは慌ててマレーナの腕を引いて彼女を止める。突然現れた招かれざる客たちが危険な存在であることを、グレンナも本能的に察知していた。
「離してグレンナ、お父様とお母様が心配です」
マレーナは侍女の腕を振り払おうとするが、彼女は力を緩めることなく
「ウェンツェル様より、姫様を安全な場所へご案内するようにと仰せつかりました」
これまでマレーナが見たこともない真剣な面持ちで、語気を強めた。
二人のやり取りに、ファニータとパウラは震えて身を寄せ合うしかなかった。
「グレンナお願い! 行かせて!」
「いけません! ウェンツェル様たち近衛隊も護衛に向かっているはずです。今はお任せしましょう」
説得を繰り返すグレンナ。だが、マレーナの懸念はやまない。
王族の護衛を任務とする近衛隊『ランス騎士団』は確かに優秀だ。だが、それは相手――敵も同じ武装の場合に限って、である。ランス騎士団はその名のとおり、遥か昔の騎士を模した護衛隊であるため、武装は古来の剣や弓である。この惑星の国々で長く続いた戦争が終わり、既に百年近くが経っている。戦争当時に猛威を振るった銃器類を中心とした近代兵器の使用は、全く想定されていないのも事実だった。
マレーナは思い出す。つい先ほど見た敵の一群が――恐らく、いや間違いなく敵なのだろう――手にしていたのは、紛れもなく戦争時代の武器だった。
(あの者たちと戦ったとしたら、近衛兵に勝ち目はない――)
彼女の不安はますます募るばかりだった。
だからと言って、いま両親の元へ向かったところで、もし敵に襲われているとしたら自分に何が出来るというのだろう? 武術については簡単な護身術程度の心得しかない、そんな自分に……。マレーナは考えを巡らせる。何かいい方法はないのだろうか。
「お願いよグレンナ、その手を離して……」
こんな突然の危機的状況下で、何も思い付くわけもなかった。マレーナはただ、両親の元へ行きたいだけだった。最悪な場合――いや、本当ならこんなことは考えたくもないが――、このまま両親と永遠に会うことが出来なくなるとしたら……。仮に自分が生き延びたとしても、一生後悔するだろう。マレーナは涙が込み上げるのを抑えられなかった。
「お願い……お願いだから……」
こんな姿を自分に仕える侍女に見せるのは、王女としては恥以外の何ものでもない。それでもマレーナは、恥も外聞もなく弱気な表情をグレンナに向けて懇願した。
「姫様……」
自分が仕える主の姿に、グレンナの手から力が抜ける。
「――分かりました。ただし姫様、私たちもお供します」
続けてそう言うと、彼女は年下の侍女二人に目を向けた。もし二人が怯えて動けないようであれば、二人を逃して自分ひとりでも王女の盾になる覚悟だった。
ところが、ファニータとパウラの二人も、微かに震えながらではあるが首を縦に振った。
「だめよ、あなたたちは逃げて。わたしはひとりでも平気だから」
侍女たちを気遣うマレーナは言う。こういう時に自分に仕えるグレンナたちを守ることこそ、高貴な身分に生まれた自分の役目なのだ――彼女は自身に言い聞かせた。
「いいえ、わたしたちには姫様をお守りする義務があります」
グレンナが力強く言う。ファニータとパウラも頷きながら、真剣な顔を主に向けた。
「――ありがとう。では、四人で向かいましょう。その代わり無茶はしないでね?」
根負けしたマレーナが折れた。だが、彼女は続けて、
「身の危険を感じたら、わたしに構わず速やかに逃げなさい。これはわたしからの、王女からの命令です」
侍女たちに毅然とした態度を向けて付け足した。