ラバーン王国のプリンセス-3
「あ……!」
マレーナとグレンナの二人から少し離れた場所で、侍女のファニータが声を上げた。赤茶けた癖っ毛の彼女は年齢十七歳の侍女で、歳が近いこともあり、マレーナとは一番仲がよかった。
座学を抜け出し、無断で外出しているマレーナを連れ戻しに来る者がいないか、ファニータは城の出入り口を監視する役目を受け持っていた。
「姫様! グレンナ様! お屋敷の門が開いてヨヌ・ルーが一頭出て来ましたぁ! こちらに向かって来ます!」
薄い褐色の肌が健康的な印象を与える彼女は、王女たちに大声で伝えた。
ヨヌ・ルーとは二足歩行をする大型の鳥類の一種である。翼は退化しており空を飛ぶことは出来ないが、温厚な気性で人間に従順、走るスピードが速いことから、この世界では乗用として重宝されていた。
「誰が乗っているのか見える!?」
離れたところまで声が届くよう、口元に掌を添えながらグレンナが訊く。
「ええと……近衛隊長のウェンツェル様のようです!」
陽射しを遮るように額に手をかざしながら目を凝らし、ファニータは答えた。
「やっぱり……姫様、噂のウェンツェル様がお迎えに来られたようです」
グレンナは王女に伝える。マレーナは苦笑いを浮かべ、無言で頷(うなず)いた。
「パウラ、姫様たちを連れて来て」
ファニータは傍らの小柄な侍女に命じた。色白の肌に、肩まで伸ばした金髪をおさげにしたパウラは最年少の十二歳。まだ見習い侍女である。
「マレーナ様ぁ! お迎えが参られましたぁ!」
まだ子供で背の低い彼女は、サイズの合っていない袖の余った給仕服のスカートをはためかせながら、マレーナとグレンナの元へ向かって駆け出した。
「分かったわ、パウラ!」
言いながら、深くため息を吐くマレーナ。ファニータの方へ目をやると、丘の上にちょうどヨヌ・ルーが駆け登って来たところだった。
手慣れた手綱さばきでヨヌ・ルーの脚を止め、跨っていた男は颯爽と鞍(くら)から降りた。
「やはりここだったか」
兜と甲冑を身に着けた男は、呆れ顔で侍女のファニータに声を掛ける。
「いつものことながら、お前たちも災難だな」
「い、いいえ。そんなことは……」
ファニータは苦笑いで答えた。
「あの、ウェンツェル様、お城の方は……」
小走りでひと足先に二人の元へやってきたグレンナは、神妙な面持ちで訊く。
「ああ、まだ騒ぎにはなってないよ。座学の教師は頭から湯気が出ていたけどね」
頭の兜を取りながら、ウェンツェルは笑顔で答えた。彼は二十二歳の好青年で、王族の血筋ということもあり、気品に満ちた美男子である。
侍女二人は彼に見惚れて頬を紅潮させた。
「彼女たちは悪くないわ。わたしが無理言ってついて来てもらっただけだもの」
パウラを連れたマレーナがやって来ると、ウェンツェルにぶっきらぼうな言葉を掛ける。彼との結婚について、マレーナはいまだにわだかまりを感じていた。
「分かっております。マレーナ様」
ウェンツェルがかしこまった態度で言うと、
「わたしの婚約者のつもりなら、そういう言い方はやめて」
頬を膨らませるマレーナ。
その時だった。
城の方からドーンという爆発音が、立て続けに数度鳴り響いた。空気の震えも感じるほどの大音量だ。
「今のなに?」
マレーナたちが目を向けると、街には幾筋かの黒煙が立ち昇っていた。城のすぐ近くにも同様の煙と炎が見える。
「火事……でしょうか?」
グレンナが震える声を上げる。だが誰も事態を把握出来ていない。答えられる者はなかった。
「お前たちはマレーナ姫を城の安全なところへ避難させるんだ」
ヨヌ・ルーに跨がりながら、ウェンツェルは侍女たちに指示を出す。
「私はひと足先に城へ戻り、バルトロ様とアリエネ様の護衛に就く」
バルトロとは国王の、アリエネは王妃の名前である。
「わたしも連れて行って。お父様とお母様が心配だわ」
マレーナがウェンツェルに向かって同行を求めた。
「いや、君はここから近い裏門から城へ戻りなさい。国王様と王妃様のことは我々騎士団に任せてくれ」
「でも――」
続くマレーナの言葉を聞くことなく、ウェンツェルはヨヌ・ルーの腹を蹴り、丘を駆け下りて行った。
「姫様こちらへ! 二人も私について来て!」
グレンナはマレーナの手を取りながら、ファニータとパウラの二人に檄を飛ばした。