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メダイユ国物語
【ファンタジー 官能小説】

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ラバーン王国のプリンセス-2

        2

 小高い丘には、優しく暖かい陽の光が降り注いでいた。

 空はどこまでも青く澄みわたり、時おりそよぐ心地よい風が、一面に広がる花畑の花弁や葉を揺らしている。

 その日の午後、マレーナ・イェンネフェルトは、首都リチコルアの中心に建つ彼女の居城から半マイルほど離れたこの丘の上で、芝生に腰を下ろしてぼんやりと青い空を見上げていた。彼女はここラバーン王国を治める現国王と、その王妃との間に生まれたひとり娘である。

 透き通るような白い肌に金色の長い髪、深いエメラルドグリーンの瞳を持つ美少女だ。

 外見は気品のある王女だが、性格は男勝りで勝ち気なマレーナ。どちらかと言えば身体を動かすことの好きな彼女は、決してお淑やかなお姫様というわけではなかった。

 更には、王女という身分をひけらかすこともなく、気さくで物腰の柔らかいその性格のためか、国民からは親しみを込めて『お転婆(てんば)姫』と呼ばれ、愛されていた。

 現在十六歳の彼女は将来の王妃となるべく、座学やマナー・武術などの習い事に忙しい毎日を送っていた。

 そんなマレーナは、今日もまた退屈な座学を抜け出し、三人の侍女(じじょ)を引き連れてお気に入りのこの丘へやってきた。

「そういえば、来月はいよいよグレンナの結婚式ね」

 マレーナは傍らに立つ侍女に声を掛ける。

「はい、あまり実感はないのですが……」

 侍女のグレンナは答えた。背が高く、長い黒髪を後ろで束ねた彼女は、今年で二十歳。マレーナ付きの侍女たちの中で最年長の彼女は、リーダー的な役割も務めている。マレーナにとっては、良き相談相手の姉とも言える存在だ。

「私のような身分には、不相応なお話すぎて」

 グレンナの婚約者ウィルハルトは、古くより王族から懇意(こんい)にされている商家の跡取りだ。国王の居城への訪問の際にグレンナを見初めた彼は、しばらくの交際期間を経た上で求婚したのである。

「そんなことないわ。グレンナはわたしの侍女、いえ友人なんですもの」

 言いながらマレーナは腰を上げ、彼女の手を取る。たかが侍女――使用人――とは言え、グレンナは王族に仕える身である。この国の制度の上では、グレンナの身分は商人とは対等、あるいはそれ以上とも言えた。二人の婚姻に反対する者は、周囲にはひとりも無かった。

「式は盛大に行うように準備を進めているとお母様からは聞いているわ。わたしも今から楽しみ」

「お妃(きさき)様がですか? 勿体ないお話です」

 頬を紅潮させ、俯(うつむ)くグレンナ。普段は気丈な彼女が、このように恥じらう姿を見せるのは、かなり珍しいことだ。彼女はマレーナの両親、つまり国王と王妃からも信頼され、大層気に入られていた。

「あなたの結婚式をみすぼらしい物にしてしまっては、わたしたち王族が恥を晒すことにもなってしまうもの。あなたも期待していいわ」

 言いながら、マレーナはグレンナにそっと抱きつく。すると、すぐさま

「……グレンナ、あなた前より胸が大きくなったんじゃない?」

 と、給仕服の胸元を隆起させる膨らみを凝視しながら真顔で尋ねた。

「え? そ、そんなことは……」

 グレンナは顔を赤くして答える。

「休暇の時はウィルハルトと会っているのでしょう? ひょっとして、彼とはすでに『そういう』関係だったりする?」

 そう言いながら、マレーナはグレンナの身体に触れる。肉付きがよく丸みを帯びて、以前よりも女っぽくなっているように思えた。

「め、滅相もございません……決してその様なことは……」

「別に隠さなくてもいいのよ? 結婚するまで男女の契りは許されないとか、そんな慣習は時代遅れだわ。伴侶にする相手は、全て知り尽くしてから決めたいじゃない?」

 好奇に満ちた顔で尋ねるマレーナは、

「でも……さすがに赤ちゃんはまだよね?」

 と続けてグレンナに訊く。

「あ、当たり前です。ウィルハルト様も『まだ』そこまでは……あっ!」

 グレンナはマレーナの思惑に乗せられ、余計なことを口走ってしまったことに気付き、慌てて両手で口元を塞ぐ。実際、彼女はすでに婚約者とは肉体(からだ)を交える関係だった。

「ふふふ、グレンナは正直ね」

 いたずらっぽい笑顔を見せるマレーナ。

「あの……このことは、くれぐれもご内密に……」

 耳まで赤くしながら、グレンナは主(あるじ)に深々と頭を下げる。

「もちろんよ。ごめんなさい、あなたを困らせたかったわけじゃないの」

 マレーナは真剣な面持ちの侍女の手を取り、

「ふざけ過ぎたわ。絶対に誰にも言ったりしない。私たち二人だけの秘密にする」

 再び身を寄せ、彼女の耳元に囁いた。

「全く……姫様には敵(かな)いません……」

 ほっと胸を撫で下ろすグレンナ。

「でも、あなたが羨ましい。好きな殿方と一緒になれるなんて」

「姫様にだって、ウェンツェル様がおられるじゃないですか」

 ウェンツェルとは、国王一家の護衛を務める近衛(このえ)隊『ランス騎士団』の隊長であり、またマレーナの許嫁(いいなずけ)――婚約者でもあった。元々彼はラバーンの出身ではなく、同盟国の小国ノルドゼイユの王族の血筋である。ラバーンとノルドゼイユは、連邦制以前からの友好国同士であり、マレーナの父ラバーン国王はウェンツェルを次期国王として迎えるつもりでいた。

「お父様が勝手に決めた相手よ。わたしの気持ちなんか、どうだっていいんだわ」

 互いに国を治める親同士の決めた婚姻、つまり政略結婚である。決してウェンツェルのことを嫌っているわけではないのだが、自分の意志が無視されていると考えるマレーナは、自身の結婚話には反発していた。


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