憧れの家族-6
「それじゃあ茉由、買い物の荷物を持って先に家に行ってて。こいつは俺が運ぶから」
武司は後部座席の巨大サメを、車の外へ出すのに苦戦していた。
「はあい、パパ」
え? と思い、茉由を見る武司。彼は耳を疑った。
「――今、なんて」
「ん? パパって言ったの」
そう言うと、彼女は武司の元に近づき、
「外ではそう呼んだ方がいいと思ったの。ホントは恥ずかしいんだけど」
小声で耳打ちする。
この子はこの歳で世間体を気にしているのか。全く、彼女には驚かされることばかりだ――武司はつくづくそう思った。
「ただいま」
マンションの駐車場と玄関の間を二度往復して、買い物の荷物を全て運び込んだ茉由と、サメを抱えた武司はほとんど同時に家の奥に声を掛けた。
「お帰りなさい」
すぐにエプロン姿の理恵が出迎える。彼女は夕食の準備の真っ最中だった。
理恵は武司が抱える巨大サメを見ると、
「なあに、それ?」
と、呆れた声を上げた。
「お誕生日プレゼントで買ってもらったの」
すかさず茉由が答える。
「ダメだった?」
手にした荷物を下ろしながら、おどおどと母親を見上げる茉由。
「ううん、よかったわね。大切にするのよ?」
母親は微笑みながら答えた。
「二人とも、ちゃんと手洗いとうがいしてね」
理恵は言いながら、買い物の荷物をリビングに運ぶ。
武司は荷物の残りを持ち、彼女の後に続いた。
茉由は自分の身長ほどもある巨大なサメを抱きかかえながら、ヨロヨロと自分の部屋へ向かった。
「いつの間にか仲良くなっちゃったわね」
思惑どおりの結果に、理恵の表情は満足気だった。
「うん。今日は二人きりで出掛けて正解でした――じゃない、正解だったよ」
武司も茉由に倣(なら)って敬語なしに挑戦した。
「フフ、まだちょっとぎこちないけど、ひとまず合格ね」
その日の夜は、家族で茉由の誕生日を祝った。
これまで塞ぎ込んでいたのが、まるで嘘だったかのように、茉由も終始笑顔だった。
ようやく家族になれた――武司は実感していた。
これから先も妻の理恵を、娘の茉由を、自分が幸せにするのだ。彼は決意を新たにした。