厄介なアイツ-6
『ボクが桜庭に電話します。高橋から相談の電話来て、やっぱり前みたいに三人でやりたいって説得したって言ってさ。そこで明日の朝に〇〇駅に集合ってコトで誘い出せば……』
『それならアイツも乗ってくるだろ。今日捕まってなけりゃあな』
『電話番号教えてあげるよ。じゃあ宜しく頼むね?』
プシュッと開けられた缶から、冷たいビールが口に流し込まれる。
喉越しは極めて爽快で、一気に飲み干した三人は次の缶へと手を伸ばす。
明日で桜庭は消える。
上手くいく保証はないが、何事も始めなければ成功は無い。
ほろ酔いの佐藤が部屋を出ていき、そして暫くして戻ってきた。
その右手のピースサインは、高々と掲げられていた……。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
翌朝。
指定した時刻に二人が行くと、そこには昨日と同じ服を着た桜庭が待っていた。
久しぶりの再会に少し表情は硬かったが、それはすぐに和らいだ。
『この前は悪かったよ。でも本当に怖くなって、あれからやってないんだ』
『それを言ったらオレの方が怖かったけどな。まあイイや。そろそろ始めるか』
桜庭とは面識のない佐々木が、すぐ側について監視していた。
そして離れたところから、吉田と伊藤が後を追っている。
顔を知られている二人は、マスクをしたりメガネを掛けたりして、すぐには分からないように変装している。
どのみち獲物を見つければ、視野が狭まる男だ。
これくらいの変装でも充分である。
そして鈴木と田中は、箱バンと軽自動車を駆って、常に先回りするよう移動していた。
首尾よく桜庭を消しながら、あわよくば獲物を見つけて拉致するつもりだ。
はてさて一石二鳥≠ゥ、それとも二兎を追うもの一兎も得ず≠ゥ。
裏切りを秘めての再結成となった三人組は、先頭車両の三つのドアからバラバラに乗り込み、気が弱そうな獲物を探し始めた。
『……ん"』
『ごほッごほッ』
幸運にも、それは直ぐに見つかった。
黒いセーラー服を着たポニーテールの小さな少女が、必死に腕を伸ばして吊り革に掴まっている。
滑らかな動きで三人は少女を取り囲み、それを察した佐々木は鈴木達にLINEを送る。
(このバカが……)
吉田と伊藤は少女の真後ろに立った桜庭の背後に人垣を作った。
狙った通りに少女が怯えて固まり、痴漢行為に夢中になった瞬間、二人は人垣を崩して
それ≠後ろの乗客に曝す算段だ。
そして都合の良い事に、この人垣の近くには、明るい栗毛色の髪をなびかせた、如何にも気の強そうな美形のOLが乗っていた。
「……ん"ッ!?」
小さな声が微かに聞こえた。
軽く咽せたようなその声は、怯えて声帯を固着させた少女の悲鳴だ。
(ち…ちょっと待ってくれよ…!)
佐々木は少女の顔を見て、かなり動揺した。
クリクリした瞳にチョンと低い鼻。
薄い唇をプルプルと震わせて痴漢に慄く少女は、あまりにも可愛らしかった。
もしも次の獲物を見つける為に乗っていたなら、間違いなくその少女を選んでいる。
そんな胸をときめかせる美少女に、あの厄介者が痴漢をし、汚そうとしている。
「……きひッ!?……くッ」
(やめろッ!その娘はボクのものだぞ!)
人知れず佐々木の心は荒ぶっている。
川上愛や森口涼花に匹敵する美少女が、目の前で汚されていく。
嘗ての仲間にも見捨てられたゴミくず野郎には、あまりにも過ぎた高級食材である。
(お…オマエッ!ふざけんじゃねえよぉッッ!)
憎悪の視線では、興奮した痴漢師の暴走は止められない。
成功を確信した桜庭の指は、抵抗を示して揺れるスカートのファスナーを下げて、そこから大胆にも中に手を潜らせた。
少女はビクッと尻を跳ねさせ、それでも振り向けずに俯いたままで、手探りで桜庭の腕を掴んで引き抜こうとしている。
美少女を守りたい佐々木の目尻は怒りに震え、引き攣った瞼に視界の上下が忙しなく狭まる。
そんな佐々木の意味不明な正義感など知る由もない佐藤と高橋は、桜庭が夢中になったと確信し、作戦通りに少女から微妙に離れて緩やかに背を向けた……。
「……ちょっとアナタ、何してるんですか!?」
『ッッッ!!??」
桜庭を守っていた人垣は崩れていた。
第二の新庄由芽は期待通りに現れ、肩を怒らせて桜庭の魔の手から少女を救い出した。
「どうしました?」
「この人、痴漢です!この子に……ああもう、信じられない!」
「おい、ふざけんなよオッサン!中学生相手になにしてくれてんだあ?」