ヒジリ-1
「おい、早坂!!早坂 聖!!」
…誰かが大声で私を呼ぶ声がする。
シワがれてて、異様にうるさくて、いかにも髪の生え際の後退し始めたオヤジって感じの声。
「今を何の時間だと思ってる!いい加減にしないと、お前は欠席扱いだ!!」
…まったく、お前は何様だ。あたしの貴重な睡眠時間を奪おうなんぞ、ふざけるにも程がある。
そう、今は授業中。この声から察するに、あたしが睡眠を取り始めた数学の授業は終わり、今は倫理の授業なのだろう。
だが倫理感の全くないあたしには、この授業は理解し難い内容だ。
そうと解れば、後は途中で妨げられた夢の世界へと戻るのみ。
「もういい、早坂!一生寝てろ!たがこのまま倫理の単位が貰えるとは思うな!!」
どれ、やかましい声もとうとう諦めたようだし、昼休みまではゆっくり休もう。
そしてあたしは深い深い夢の中へと落ちていった。
〈のぅ聖、今宵はどんな獲物を喰わせてくれる?〉
深い深い夢の中の、更に深い場所に私の意識が落ちると、決まって聞こえてくる“声”がある。
ただ、この“声”は現実のものではない。
甘く囁く様な女の声は、夢の中の私にだけ聞こえるまやかしの声。
〈主の中は実に住み良い。男共を魅了してやまないその主の肢体、私はその肢体が愛しくて仕方がない。〉
この“声”が現実の物でない事はわかっている。なのにあたしはこの“声”に逆らう事が出来ない。
〈さぁ、そろそろ目覚めの時間のようだ。今日も美味な男を私に差し出しておくれ。〉
一体いつからだろう。私に男を求めさせる、この“声”が聞こえる様になったのは。
「おはよ!いつもの事ながら聖は凄いね。今お昼ぴったりだよ?」
机の上の教科書をしまいながら、すぐ前の席に座る里穂が言った。
『睡眠も食事も大切だからね。』
あたしはそう応え、鞄から今日の昼食を取り出す。
そしてそれを口に運びながら、あたしはあの“声”の事を思い出していた。
あの“声”があたしに求める事はただ一つ。
それはあたしが女の快楽を受け入れる事。
幾人もの男に抱かれ、快楽に溺れ、あたしがどこまでも堕ちる事を望んでいる。
そしてその求めに、あたしは抗がう事なく言いなりになる。
確か、初めてあの“声”を耳にしたのは12の夏。
深夜、自室のベッドで夢の中にいたあたしに、それは突然襲いかかった。
〈あぁ、男を…。もぅ飢えて飢えて、どうしようもない。早く快楽を…。〉
その“声”を聞いたあたしは一瞬にして夢から覚めた。
そして訳もわからぬまま、家を飛び出したのだった。
あの“声”が何を言いたかったのか、あたしにはわからない。けれど、霧消に何かをしなければならないという強い焦燥感があった。