麻由-1
麻由は美人なだけでなく仕事覚えも早かった。
母親も頭のいい人物であった。そこは親譲りなのだろう。
多少愛想のないところはあったが、男性客からの評判はかなり良かった。
事実、麻由がシフトに入る夜間の営業と、毎回ではないのだが土日や祝日には、彼女目当ての若い客が倍増した。
いや、若い男だけでなく啓介やそれ以上の、ともすれば麻由の祖父世代の人間まで彼女の噂を聞きつけ店にやってきた。
「繁盛してるなぁ、啓介」
みさき同様、啓介の同級である高尾仁志もそのひとりである。
「ん、、、どれどれ・・・あれか?倉田の娘ってのは?」
高尾が指さす先に確かに麻由がいた。
清楚な短すぎないスカートに店のエプロンをつけ、ぎこちない笑顔で接客中であった。
「倉田さん、ちょっと」
高尾に言われ、啓介は仕方なく麻由を紹介した。忙しい時間帯に、と啓介は迷惑顔だ。
「はじめまして、麻由ちゃん。俺もお母さんとは同級生だよ」
「はぁ、、、どうも」
「、、、しかし美人さんだねぇ・・・麻由ちゃんが来てからこのお店も大繁盛だよ」
「おいおい、そんないい方するな、、、他の店員の女の子が聞いたら気分悪いだろうが」
場の空気を察し、麻由は短めのスカートをなびかせながら逃げるように厨房奥へと消えていった。
「、、、確かにめちゃめちゃ可愛いな。あのツンデレぶりがまたいい」
「デレデレはしてないだろ」
概ね、麻由の評判は良好であった。
「麻由、、、お客さんが呼んでるよっ」
高尾のところに呼ぶ前に接客していたテーブルから、再度麻由に声が掛かる。大学生のグループらしい。
「なんですか?」
「ねえ、さっきの話だけどさっ」
惚けているのか本当に覚えていないのか、、、麻由は素知らぬ顔だ。
「今度、飲みに行こって言ったじゃん」
「あ、飲むならここで」
場が静まり返る。麻由の絶妙な返しに思わず吹き出しそうになるが、
「あ、いやいや、、、そうじゃなくて・・・麻由ちゃん、どこか遊び行かない?!」
「、、、いいです、そういうの。興味なくって」
今度は静けさを通り越して場が白けた。
男の子たちは気分を害したようで、店をあとにした。
「麻由ったら、、、もうちょっとやんわり断ってあげればいいものを・・・」
「無理」
概ね、、、麻由の評判は良好であった。
麻由は、基本「無口」な子だった。
ゲストがなく店内に二人きりになると、会話を振るのに一苦労だった。
「どうだい?だいぶ慣れたかな?」
「あ、はい」
「、、、、」
「あの、、、」
「ん?なに?」
「そろそろ厨房のお仕事も、覚えたいんですけど」
こんな言葉も出てくるくらいだ。気に入って従事してくれているだろうと、啓介は安堵した。
「上手いね、、、料理好きなの?」
「はい、、、母がさぼった時は私が・・・」
みさきらしい話だ。
「じゃあおさらいだ。教えた二品、もう一回してみよか」
「でも、、、材料が無駄に・・・」
なんだか、、、見かけに寄らぬ所帯じみた麻由の言葉に・・・そのギャップに啓介は、麻由の違う一面を見た気がした。
「気にすることないよ。あとで一緒に食べようよ」
「どう?麻由、仕事は?」
「うん、いいよ」
言葉少なく母親の問いかけに答える。
しかし、みさきには十分な回答であった。
言葉が少ないのはいつものことだ。
それよりも麻由が機嫌よく、即答してきたことに安堵する。
「オーナー、、、優しいしね」
のみならず啓介の印象までも、みさきから尋ねられたわけでもないのに語りはじめる。
決して口数の多いほうではない麻由には珍しいことであった。
「そう、、、ああ見えて橘くん、昔はそれなりに・・・だったんだから」
「なによ、、、『それなり』じゃわかんないよ」
母娘で、久しぶりに弾む会話であった。
「そういや麻由、、、旅行はいつだっけ?」