夢想の楽園-6
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暫く話をしてから、谷町は事務所に帰って行った。
杉浦の事を心配していたけれど、仕事があるだろうと帰らせた。
彼にしか出来ない仕事がある。
それを止めたくないと杉浦は思う。
布団を敷き、その上に座って溜め息をつく。
妻が居た。
娘が居た。
当たり前に、明日も家に居ると思って、あの日の前の晩も布団に入った。
娘はいつものように、お父さんおやすみ―――と云っただろうか。
悲しいけれど、杉浦は覚えていない。
覚えておきたいと思う程の、特別な夜ではなかったから。
娘が結婚して、孫が生まれて、そんな風に生きて行くと思っていた。
「お前に会いたいな」
迎えに行けば良かった。
あの日学校に行かせなければ良かった。
知らない奴に話しかけるなときつく云っておけば良かった。
もっともっと探せば良かった。
加害者を全員殺してしまえば良かった。
そうしていたら、また苦しむ人が出ずに済んだのに。
自分には責任がないと思いながらも、後悔は次々に湧き上がってくる。押し潰されそうな時、杉浦は必死で思い出す。谷町の言葉を。
「貴方は悪くありません。絶対に。これから何があっても、貴方は悪くありません」
うるさい程に谷町はそれを繰り返した。
こんな夜には有り難い。何とか潰れずに済む。
「俺は本当に悪くないのかな」
呟きに答える声はない。
「ごめんな」
誰か解らなくなる程に汚れて傷つき腫れ上がった顔。
片目は穴しかなかったし―――歯は殆ど折られていた。
殴られた上に、石で叩き折られたのだと云う。
この石を飲んだら帰してやるよ、と云われて娘は泣きながら渡された小石を飲み下したそうだ。
胃も食道も酷く傷ついていた。折れた歯も胃に入っていた。
石と一緒に飲んだのだろう。
石を飲んだ娘を犯人達は馬鹿な女だと罵り、腹を蹴った。
―――世の中は。
そんな事は知らない。
乱暴され、暴行を受けた、としか報道されていないからだ。
杉浦が裁判で詳細な犯行内容を聞いて気が狂いそうになった事も、知らない。