亀立評定-1
【亀立評定】
翌日。亀立藩江戸屋敷。
小俣竿之真(おまたさおのしん)とお満(みつ)の姉弟が突然呼び出され、藩主裏筋実正(うらすじさねまさ)の前で平伏していた。
「そなたら何をした」
実正は心の波を抑え、決して詰問口調にならないように問いかけた。
「…」
同席する江戸家老から『立場をわきまえよ』と、事前に釘を差されていた。それ以前に、竿之真自身が、直答できる立場だと思ってないため、更に深く頭を下げる仕草で応じた。
「ええい、埒が明かぬ。面を上げて直答してもよい。藩の立役者のそなたらに遠慮は無用ぞ」
藩主のこの言葉は重い。実正は、お家騒動の首謀者を捕まえ、三千両と共に差し出した2人を重きに置くと示したのだ。そこまで言われては、答えなければ、それこそ不忠になる。
「はっ、直答いたします。しかし、殿の仰る意味がわからぬのです。どういう事でしょうか?」
竿之真は頭を上げて、失礼にならない程度に困惑顔を藩主に向けた。
「思い当たる事は無いのか?」
「はい、藩に迷惑をかけた覚えはありませぬ。姉上はなにかありますか?」
「さっぱりでございます」
このお満の言葉はあてにならなかった。なにせ、その天然さが数々の騒動を呼び寄せているのだが、本人にはその自覚は、全く無いのだ。
『私もわかりかねます』
お気に入りの全裸の状態でぷかぷか浮かぶお敏(さと)の言葉は、当然なから藩主と江戸家老には届かなかった。
「実はな、本日、下城間際に上様から呼び出されたのじゃ」
「なんと!」
竿之真達より、江戸家老の方が強く反応した。午後からの呼び出しは、良くない知らせが多い事が慣例だったからだ。
「そのおりに、上様がそなたらの姉弟の事をお訊ねになったのじゃ」
「う、上様が…」
「お、おぬしら一体何をした!」
姉弟は絶句し、江戸家老が目を剥いて大声をあげた。なにせ、亀立藩は外様の二万石、そんな極小藩に将軍から声が掛かる事は皆無なのだ。江戸家老はそれを凶兆と思い込み、息を飲む2人を怒鳴り付けた。
「叱るな。上様は穏やかであったわ」
「穏やか…。一体どういう事でしょうか?」
江戸家老は頭を捻った。
「何かの間違いないではありませぬか?我らと雲上人の上様が関わりになる事などありませぬ。ねっ、姉上」
「上様が誰かも知りませぬ」
「あ、姉上…」
一同は唖然としたが、お満の問題発言は暗黙の了解で無かった事にした。
「間違いでは無い。お満の名はもとより、竿之真が元服した事もご存じであったわ」
「はっ!もしかすると、上様がお忍びのおりに、どこかでお満を見初められたのでは?」
その可能性に思いついた江戸家老は、ちらりとお満の美貌を横目に見た。
「余も初めはそう思った。じゃが、竿之真も同席しろとの思し召しであったぞ。お満をお手付きに望むのならば、『竿之真も』は無かろう」
「同席?お、御城に連れて行くのでごさいますか」
「そう仰られた。特にお満には、すべすべに手入れされた愛用の木刀を持てとの仰せであったわ」
「へっ?」
美貌の少女と木刀の取り合わせには、さっぱり理解できなかった実正だったが、それを聞いた姉弟は、驚きで見開いた目を互いに向け合った。
「それと意味はわからぬが、お敏も同席させよとの事じゃ。なんとも解せぬ事よ。そなたの母親のお敏は亡くなったはずであろう」
「「ど、どうして上様が…」」
見つめ合った姉弟の視線は、上へ、ぷかぷか浮かぶお敏に向けられた。
『あらあら、どういう事かしらねえ〜』
お敏は困惑する様子もなく、能天気に呟いた。