陽炎-9
「もういらないや。手に入らないものはいらない」
「……おぉ」
「今日、記念日なんでしょ?もう行って。これ言いたかっただけだし」
「……久々に逢ったとき、やっぱ好きかもって思った」
「そう」
春人は立ち上がり、背伸びをした。
「やっぱお前いい女だよ」
「ヤれるから?」
「こんな俺を愛してくれるから」
『自惚れないで』
切なく笑ったながら言った。春人は片手を振りながらその場を去って行った。
『私と彼女、どっちが大事?』
聞きそうになったけど、やっぱり聞かなかった。答えなんてとっくに分かっていたから。
私はいい女でも、春人はやっぱり最低な男。
最後になって"好き"なんて言葉を使う。
あの頃よりぐんっと背の伸びた春人の後ろを、陽炎がぼやかす。
春人はまるで真夏の陽炎だった。
熱く、激しく、私の胸を焦がし翻弄する。そして目の前を惑わす。
夏の終わり、春人とのひと夏の関係は終わった。
―――秋。
季節はすっかり涼しくなって、目の前をはっきりさせる。
春人とはたまに連絡を取っている。急に連絡を絶つと八木に怪しまれるとかなんとか…。
でも会うことはなくなった。
彼はもう私を惑わすことはない。
切なくて、幼い…私の夏物語。