不思議な会話-1
言い難そうにしてはいても、確かに、いきなり失礼な質問だった。コンプレックスがないわけがない。不安がないわけがない。妻が若い男の体力に魅了されるかもしれないこと、大きな男性自身に熱中して、私のそれに物足りなさを感じるようになってしまうかもしれないこと。不安とコンプレックス、私にはそれしかなかったのだ。
「もし、私に何の不安もなく、また、何のコンプレックスもなかったら、私は、こうした遊びをしていなかったかもしれませんね。緊張と緩和なのではないでしょうか。妻を盗られるかもしれない。妻に捨てられるかもしれない。その不安が大きいからこそ、妻が私の元に戻り、そして、私の身体で、嘘でも満足してくれていることに安心して、それが私の快楽になっているんじゃないですかね」
「普通の男は自分の女が自分以外の男の裸を見ることさえ嫌がりますよね。他の男の肌に触れることで嫉妬してしまいますよね。他の男とセックスするなんて絶対に許さないものですよね。それが男でしょ」
「そうですね。その点、私は、普通ではないかもしれません。私は自分の快楽よりも妻の快楽を優先しているようなところがあるんですよ。たとえば、自分が美味しい物を食べたいというよりも、妻が美味しいと喜んでくれる物を食べたい、と、そう思うようなところがあるんです。ゆえに、妻の快楽のためなら他の男の肉体を利用しようと思えるのではないですかね。ある意味Sで、別の見方をするならMってことですかね」
「それ、奥さんが言ってましたよね。アナタ以外の男はバイブレーターだからって」
妻はコーヒーを私と彼の前に置き、一度、ホテルにしては大きい洗面に戻り、自分のコーヒーを持って来て、それを彼の隣に置き、そして、自分も彼の隣に座った。
「あれね。この人が言ったことなの。だって、あれは小説だから、いろいろ着色するでしょ。女が積極的なほうが小説としてはいいかなって、私が思って、自分が言ったことにしちゃったんです」
と、妻は隣の男にではなく、向かい合っている私に言った。
「今度、その小説をじっくり読ませてもらわないとね。どうやら、私自身のことも、かなり着色されていそうだから」
その私の言葉には答えず、妻は自分の隣の男に「どうぞ」と言葉には出さなかったが、手で、私に質問を続けるように促した。それに促されるように男は質問を続けた。
「私は自分の快楽のことばかり。だから嫉妬心も強いんでしょうね。他人の女は抱きたいくせに自分の女を抱かれるのは絶対に嫌なんです。情けない男です。自分の女の快楽なんて考えもしなかったんですよ。ただ、セックスすれば女は感じるんだって思っていましたからね。なるほど、女の快楽ですか」
「女の快楽ではありません。妻の快楽です。たぶん、私は、他の女の快楽には興味がないんですよ。別に、こんなところで、のろけるつもりはありません。それが愛だなんて、つまらないことも言いません。だいたい、それは違いますからね。ようするにね。妻は私が同化出来る相手だったというだけなんですよ。私たちは全く違う性格なのに、どこかで似ているんですよ。だから、私は、自分が女だったら、こうして感じ、こうしてエクスタシーに達するのだろうな、と、そう思えるんです。妻のためじゃないんです。妻の中の私のためにやっていることなんですよ」
「それは、たぶん、私も同じだと思いますよ。でなければ、自分の夫が男のモノを咥えるところを見て興奮したり出来ないと思うの」
不思議な会話になって来た。男と私が話をしているというのに、気が付けば妻と私が話をしていた。しかし、男はそこにいた。妻と私、つまりは、夫婦が蜜月の会話をしている横に彼はいたのだ。妻の隣に彼はいるというのに、彼は話の外にいたのだ。
ああ、これが、これこそが彼の悦楽なのだろう、と、私はそう理解した。そして、同時に、彼の横に当然のように座った妻には、とっくにそのことが分かっていたのかもしれない、と、そう思って驚いた。
妻は私が想像しているよりも、はるかに淫乱な女なのかもしれない、と、そう思った。